「お待たせしました。申し訳ありません」
アイドリングしたヘッドライトとテールランプの点滅する車から降りた男に虎徹はあっと声を上げる。
いつか、カフェで話したことのある男だった。
相手もそれに気づいたらしく、知り合いだったんですね、と少し相好をくずして会釈をした。
「初めまして、彼とルームシェアをしています。ウィリアム・ギルバートと言います」
始めましてはネイサンに向かって、丁寧に自己紹介をして、彼はもう一度迷惑をわびた。
初めまして、と自己紹介を返すネイサンはちょっと嬉しそうだ。たぶん、ビルが思ったより良い男だったからだろう。ビルと呼んでください、という言葉にネイサンは嬉しそうにビルと復唱する。
虎徹もビルと下の上でその音を転がしてみる。
ちょっとだけくすぶるのは、虎徹の肩の上で寝ている男への罪悪感めいたもの。
それから彼は、虎徹が抱えるキースの顔に手をかけてかるく頬を打った。
「キース、ほら起きろ……家に帰るぞ」
蜂蜜がとろけるよりもずっと甘い、その声に、虎徹の心臓がはねた。
他人のプライベートをのぞき込んだ、居心地の悪さ。
「……ビル?」
虎徹が散々揺すっても起きなかった男はその声で、まるで魔法のように目覚めてしまうのだから、しゃれにならない。
ネイサンが隣で嬉しそうな声を上げた。
「そら、虎徹さんにあんまり迷惑かけるな」
その声に誘われるかのように、キースはビルに抱きつく。
嫌わないで、という声がした。
はいはい、とあやすように背中を叩いて、虎徹を見たビルの目は、くっきりとキースに向けたものとはまるで違う、ビジネス用の目に変わっている。
「よろしければ、一緒に乗っていきませんか?家まで送ります」
そう言ったビルに、ネイサンは私は車よんじゃったから、とあっさりと答える。
呼んでいないことを虎徹は知っていて、内心舌打ちをする。
この二人と同じ車の中にいたくなかったのが明白だった。
「あー……おれ、家近いから酔い覚ましに歩いて帰るわ」
とっくのとうに酔いなんてさめきっていたけれど、そう答える。
そうですか、押しつけない対応が大人でよかった、と虎徹は思った。
テールランプが挨拶代わりに点滅して、去っていくのを眺めながら、虎徹は頭を掻く。
なんだかいけない物をみちゃったかなーという気分だった。
「……嫌われるはずなんてないわよねェ」
ネイサンのつぶやきに答えるのはやめて、虎徹はさー帰るかーと歩き出す。
無性に夜風に当たりたい気分だった。
アタシも歩くわ、といったネイサンに虎徹は笑う。
明日、彼について聞いてみよう、と虎徹は一つだけ憂さ晴らしに、と考えた。きっと許されるにちがいない。
次の日、差し入れを持って虎徹とネイサンに謝罪したキースに結局虎徹はビルとの関係を聞けずして終わるのだった。
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