「嫌われたらどうしよう」
そう言いながら酔いつぶれた同僚に、虎徹はため息を吐く。途中飲み過ぎの感はあったが、あまりにもな嘆きっぷりに、止める機会を失ってそのままこれだった。
「問題はこの子どうするかよねェ……あなた家知ってる?」
いんや、とお姉言葉の同僚、ネイサンに答えながら首を振る。
店を出たはいいが、その先を考えてなかった為に二人と酔いつぶれて物と化した一人は立ち往生した。
ネイサンのうちに連れ帰っても、という言葉が冗談に聞こえなくて、虎徹はあわててキース・グッドマンに声をかける。
「おい、起きろって」
正体をなくした体を半分負ぶさって、揺すりながら声をかける。
彼は、ビル、という意味不明の言葉を吐いて、それっきり沈黙する。
「よっぽど、悩んでたみたいねぇ……この子がこんなに飲むなんて思わなかったわ」
ネイサンが言う。虎徹にもそれは意外だった。
意外、という言葉以外の言葉がでてこないくらいに意外。
「……しっかたねぇな……マネージャーに電話するか……起きてるかな……」
そう言いながら、虎徹はキースの携帯端末を探る。
それを操作しようとしたそのとき、それは虎徹の手の中で唐突に着信画面に変わった。
ビルとかかれたそれに、聞き覚えがある、と頭を何かがかすめる。
「うわっ」
それに反応しきれずに、虎徹は受話ボタンを押してしまう。
後で謝る!と腹をきめて、虎徹はそれを耳に当てた。
[キース?今から俺、帰るから、ちゃんと犬に餌やった?]
耳に流れ込んできた親しげな声に、虎徹は戸惑う。
[もしもし?]
反応をいぶかしんだ問いに、虎徹はネイサンに肘で小突かれて、えーっと、と役体のない声を出した。
「えっと、申し訳ないんスけど、ビルさん、でいいんですよね?」
しばらくの沈黙のあと、はい、そうですが、とかなり硬化した声がした。
[失礼ですが、これはキースの携帯ですよね?どちら様でしょうか?]
丁寧な問いから緊張の色が伺える。
それにつられるようにするのを押さえるために虎徹は一度深呼吸をして、キースのです、と答えた。
「自分は、キース・グッドマン氏の同僚で鏑木虎徹、といいます」
同僚、と引っかかった言い方に、もしかするとこの男はキースの仕事を知っているのだろうか、と思う。そして、今から帰る、という話題と。
「失礼ですが、キースさんの家をご存じですか?彼、酔いつぶれちゃって、自分たちは家を知らないもので、困ってたんですよ」
余裕で三拍分の間があった。
[……大変ご迷惑をおかけしました。今から迎えに行きますので、失礼ですが現在地を……]
「はいはい」
虎徹は目の前のバーの名前と住所を伝える。メモを取る音がして、五分ほどでつきますので、というビジネスライクな声がした。
失礼します、という声とともに切れた電話を、虎徹は困惑して眺める。
ちらりと横に目をやると聞き耳をたてていたらしいネイサンも同様だった。
「……一緒に住んでるのかしら?」
「さぁ?」
その答えを知っているもう一人は未だ夢の中だった。
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