ピッツァの店を出て、いつも行っているスポーツ店で買い物をして、そのほかにもいくつかビルがよく行く店に行って、服を買う。
サイズを変える必要がなくなって、流行をおう必要もなくなって、趣味が固定してから、あまり服を買う必要はなくなったのだが、思い出したときに買っておかないと、ついついよれた服ばかりになってみっともなくなる。
スーツなら気づくのだが、たまに着る私服は気づきづらくて、ビルは気がついたら買うようにしていた。
服を選ぶときにビルがこれはどうだろうと話しかけるとキースは何でもよく似合う、といってにこにこ笑う。絶対にこの男のことだからみてない訳じゃないのだけれど、毎回その答えだった。
正直かけらも参考にならないのだけれど、ビルは毎回キースにその質問を繰り返す。
そのたびに飽きないで答えるキースは大概辛抱強い、とビルは思っていた。キースもキースで自分は用はないのに、外で待ってる?と訊ねても、必ずついてくるという選択をするので、多分いやじゃないのだろう、とビルは思っている。
彼女に会ったのは、その帰り道だった。
ちょっとだけ日が傾いて、太陽が優しくなっただろうか、という時間帯に、犬の散歩があるから、という理由ででてきたときとは違い、二人で帰宅をしている時に、彼女とばったりあった。
めかし込んでいない、その風貌はビルの目に少しだけ新しい。
ビルといたときはたとえビルを家に招くときですらめかし込んでいた、とビルは思い出す。バケットの入った紙袋を抱えなおしながら、彼女は呆然という様子で呟く。
「ビル……」
うっすらと朱の走る唇で彼女が呟く。ビルは、記憶の中の彼女の名前を探したが、鮮やかな記憶とは裏腹に、彼女の名前はあまりに曖昧だった。
「元気そうね」
切り出したのは彼女で、ビルはそれに短くああ、と答えた。
彼女がちらりと隣にいるキースに目を走らせる。その視線が、彼女のことを嫌いになった原因である視線が、今も変わってないことをビルは知った。
「あのとき以来かしら」
あのとき、という、キースの知らない代名詞をわざと使った、とビルは思った。
「あのとき、わたし、とても取り乱しちゃって……正直どうかしてたと思うわ……」
さっと動かされた紙袋はちょうど、彼女の視界からキースが隠れてしまう位置にある。
「もう一度、話がしたいの……今度……」
「会わないよ」
こわばりついた喉から思ったよりもずっと冷たい声がでた。
「どうして?私たち、もう一度愛し合えると思うの」
もう一度、という言葉を、キースが聞いている、というのがいやだった。どんな顔をして、彼はこれを聞いているのだろう。
何よりも気になるそれを、ビルは、キースの顔を見て確かめることができない。
「無理だよ……嫌いになったんだ」
それだけ簡潔に言って、ビルはキースの顔を見ないで、キースの手をつかむ。ごめん、行こう、と二つだけ小さく発音した。なるべく堅くない声で、というのは難しかった。
「私のどこがいやなの?」
背後からかけられた声に、足を止める。戸惑うようにキースが足を止める気配がした。
ビルは、振り向かないで、まっすぐに前を見たまま、彼女に聞こえるぎりぎりの声量で吐き出した。
「全部」
びくりと動いたキースの体に、もしかすると彼女が泣き出したのかもしれない、と思った。
キースは、こんな自分はいやだろうか。
キースがイヤなら、すぐにでも振り返って慰めて良いと思う自分が、どうしようもなく嫌で、そんな思いを振り切るようにビルはキースの手をつかんで大股で歩いた。
途中で吐き出した、ビルのごめん、という声には、返事はなかった。
もし、嫌われたのなら。
どうしようもないな、とビルは思った。
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