キースが同僚に聞いたという窯焼きピッツァの店は、人気店らしかった。キースとビルが入った時点ですでに店の中は活気にあふれており、二人が入ってしばらくして、昼前だというのに店は満席となって、店の外に人待ちの列ができた。
「この店、予約は受け付けてないんだ」
そういったキースは、少しだけ得意げである。
現在は大した繁盛っぷりであるが、店の席は、そう多くない。窯焼きの店だから席の回転はお世辞にもいいとは言い難いから、店の経営は意外と大変なんじゃないだろうか、とビルは思う。
「来たことあるの?」
ビルの問いにキースは初めて、と首を振りながら答えた。
それならば、とビルとキースは水の入ったグラスを置いたウェイターに定番のビスマルクとマルゲリータ、それから店のおすすめだという魚介類のピッツァを頼んだ。
一息ついた様子のキースは、氷の入ったグラスの水に少しだけ手をつけた。
「楽しみだね」
ビルが言うと、キースははにかんで、楽しみだ、と答えた。
控えめに歯がのぞいて、目元にしわができる。太陽みたいに笑うキースの笑顔も好きだったが、ビルは、キースのこういった笑顔も好きだった。
そんなことを考えながら、ビルは机に備え付けられた、結露たっぷりのピッチャーをつかんで、少しだけ減ったキースのグラスに水を足す。中に入った大きめの氷がガラスに当たってからんからん、と涼しげな音を立てる。
ピッチャーの水滴がぽたりとテーブルクロスにおちて、濃い色の染みをつくった。
「キース、この近くでブルーローズのライブがあるんだって。知ってた?」
ビルの問いに、キースは知ってた、と答えながら不思議そうに首を少しだけ傾けた。
それに、ビルはあぁ、と答える。
「さっき、時間が余って暇つぶしにはいったカフェで相席になった人が教えてくれたんだ」
種明かしをすると、キースは納得したように何度かうなづいた。
「見に行きたい?」
ちょっとだけ伺うように言うと、キースは少しだけ考えるようにしていや、という。
「……今日は買い物をしよう」
彼女の活躍は、まだまだみることができるから、今日じゃなくていい、というキースにビルはちょっとだけ意外だ、と思った。
それから、少しだけ、嬉しかった。
たとえ他意がないとしても、自分との買い物を選んでくれたことが。
腹の中にあるのは、昏い熱。
時々、独占欲が降りつもったみたいな思慕だけが、自分の愛なのではないかと思ってうんざりする。
だけれどビルは、キースが好きだった。
それを、彼に伝える気はさらさらないのだけれど。
湯気の上がるピッツァが、チーズの香りをあげながら机に運ばれる。
それを切り分けるビルをみながら、輝くキースの目に少しだけ笑って、伝えられるはずがない、と思った。
この顔を、失うという選択肢は、ビルには考えられないのだから。
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