目を喰らう妖怪がいると、風のうわさで聞いた。
代々的場の目を狙う、例の妖怪なのではないかとそのような話があって、当主である自分が現場に向かうことになった。
狙われている本人が出向くことに反対する者はもちろんいたが、件の妖怪であった場合に太刀打ちできるのかと問われて頷くことができるものがいなかったのだ。
そのような者がいないことを知った上で聞いた問いで、現実的な判断もできないものたちに対するあてつけの意味が大きかった。
件の妖怪があらわれた、という屋敷に踏み込む。
先に行っていた付き人が説明をすましているので挨拶も説明もそこそこに上がり込む。
その家の主であるという女性に案内されて、奪われた現場だという部屋に通された。
常人なら気付かないほどの淀みがあって、目を眇める。
「…その方は、ここでなくなったのですか?」
そう聞くと、女性は慌てて顔をはね上げて首を横に振った。
「…ここには死後安置されていただけで、ここで死んだのではありません。…清めも済んだあとに、面会に来た人が面布を取ると、眼窩がくぼんでいて…」
「待ってください。…目を抜かれたのは、死後であると…?」
「…あ、はい」
あっさりと頷いた女性に軽く頭痛がした。
「…どういうことですか…」
低い声で吐き出した自分に付添っていたものが慌てる。
「い、今すぐ確認を取ります!」
あわただしく駆けて行ったものに目をやり、微かに残る力の残滓にここに来た妖怪が死人の目を抜くだけの害にしては大きな妖怪であることに気づく。
「…あってみるだけ、見てみますか」
ある程度の大きさなら式にしようと思い、追跡用の符を取り出した。
飛んでいく符を式に追わせて後からそのあとを歩く。
ひどく込み入った山の中をかき分けて進む。
意外にも、その妖怪はまだこの近くにいるらしい。
「…近いな」
近づけば近づくほどに大きくなる気配に気を引き締める。
式が立ち止っているのを見て、そこか、と小さく呟いた。
草木をかき分けるとそこにあったのは不自然な広がりだった。
人為的に作られたかのような空間に首をかしげる。
どこにいるのか、と放った符を油断なく向けて探すと符の替わりにおかしな洞窟を発見してそこに近づいた。
少しだけ空気が歪んで見えるその洞窟を気を引き締めながら覗き込む。
「……っ、」
その中にあるものに、思わず声が漏れた。
生々しいまでの眼球が宙に浮かんでいた。
いくつも浮かぶ眼球にゲテモノを見慣れた的場もその異様な光景に目を眇める。
この中に妖怪がいるのか、と考えその洞窟に手を伸ばす、その時だった。
「…触れるな、小童」
凛、とした声が響く。
「それは貴様ごときが気安く触れていいものではないわ」
顔をあげて声のした方を見て、息をのむ。
ひらりひらりと、大柄な模様の紅色の着物と長くのばされた艶を持って輝く淡い金の髪の毛が風もないのに木の上で揺れていた。
幾重にも重ねた着物の色はいつぞやの都で流行った重ねで、こちらを見つめるその目は金色の長いまつげで彩られていた。
その美貌の中で一つ異質で気をひくのは、その者の右目だった。
左の眼は彼の容姿に相応しい金色の目なのだが、その右目はどこにでもあるありふれた日本人の持つ茶色がかった黒色だった。
「全く、ここに近づくものなどおらぬだろうと油断しておったらこれじゃ」
そう言ってその妖怪が右手を振ると、眼球の浮いた空間が歪んで消えた。時空をゆがめるだけの力のある、妖怪。緊張で背中に汗が伝う。
「…これも、そなたが放ったものであろう。全く、無粋にもほどがあるわ」
ふん、とその妖怪は鼻を鳴らして手の上で自分が放った符を燃やした。
「それ、小童、悪いことはいわん。とっとと妾の前から消えるがよい」
しっし、と手を振る。
「それ、そなたそれが見えるであろう。それは妾の陣のしるしじゃ。それには今後近づかんことじゃの。妾はそなたらのようなわれらを敵視するものを好いとらん」
好かれていないのは当たり前だろう、むしろ好かれているとそれはそれで不安だと心の中で突っ込みを入れながらその妖怪、(声からしてどうやら男らしい)の示したところを見た。
確かに、そこには何かを隔てるものがあって、よく見てみれば、その内には式は入ることができていないようだった。
自分としたことが、なんという注意散漫なことだ、と内心舌打ちしながらも、心が躍る。
これだけの力を持つ妖怪だとは、無駄足にならずに済みそうだ。
知能もかなりあるらしいその妖怪をとらえる算段を始める。
好都合なことに、別の妖怪ではあるが、大物の妖怪を捕まえる予定で来たのだ。道具などの持ち物は万全だった。
そっと、手を腰にある矢筒に伸ばす。
ちらりとこちらに目をやった妖怪の動きより早く弓を構えて逃げ場のないように数本まとめて射る。
ふいっと妖怪が思わぬ敏捷さで浮かび上がって逆さまのまま滞空した。
「…なんじゃ、突然。危ないではないか」
その動きとは裏腹に暢気に呟く妖怪に向けて、幾つかの式を放って、呪を唱えながら足で陣を描きながら逃げられないように矢を放ち続ける。
「おぅおぅ、なかなかやりおるな」
ひらりひらりと舞いながらその妖怪はけたけたと笑った。
一本くらいかすってもいいと思うものの、撓む着物の一つにも髪の毛にもその矢はかすることはない。その遊ぶ様子に舌打ちをする。
出来上がった陣から魔封じを発動させる。
ちょうど妖怪の真下にあった陣に、その出来から捕まるのは五分五分で、しかも捕まらなかったとしてその妖怪の疲労から自分がかったものだと、かからなかった時のために数珠を取り出した。
明るく光る陣の中で、一瞬、不機嫌な目をした妖怪の目が見えた。
「…妾にむかって、魔封じとは、失礼千万。…遊んでやろうかと思ったが、少し痛い目を見た方がよさそうじゃの」
そう言って彼は、空を割くようにその手を優雅にひとふりした。
かっ、と足元が明るくなって、大きな力に吹き飛ばされる。
「ぐっ、…あ、」
吹き飛ばされたその先で、地面に打ちつけられてうめき声を上げた。
衝撃で、一瞬息の仕方を忘れる。
視線の先で、妖怪は全く変わらない姿で浮かんでいた。
「…くそ、が…っ!!」
吹き飛ばされても放さなかった弓をそのままの体勢から引絞って、放つ。
その様子を見ていた妖怪の目が見開かれた。
何があったのか、と様子をうかがいつつも矢を放ち続ける。
その矢をすべてかいくぐって、彼はもの凄い勢いで自分の目の前に近づいて、そ、とあり得ない動きで引絞ったままの弓を横によけた。
ぐい、と顔を覗き込むオッドアイを、睨みつける。
ふわりと重力を無視して揺れる髪の毛から、やさしい香りがした。
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