杖腕を上げたまま、倒れて動かなくなった目の前の人を、みていた。
こわばって、動かない体を必死に動かして、その、動かなくなった体のもとへふらつきながら近づいた。
頬を伝う涙が、次第に端の方から乾いていく。それとは別に、涙が溢れて新たな筋をつくって地面へと落ちて行った。
春になりきらない、冷えた空気を、吸い込むと、嗚咽で喉につっかえて息苦しかった。
地面に膝をつくと、夜露で濡れた地面の匂いが鼻孔をかすめた。
冷たい地面に倒れこんだ大切な人の手を取った。
いつも、驚くほどに暖かかったその手は、ひんやりと冷たかった。
弛緩したその体と、失われていく生命の温もりが、遣る瀬無いほどに悲しかった。
許せなかった。
――何が、許せない。

彼を殺したのは自分であったはずなのにそれすらわからないままに、あふれる涙はとどまることを知らなかった。
彼に死の呪文をかける。そういう覚悟が、自分にあったのだろうか。
死の呪文をこの人に向けられた、その事実が許せないのか。
自分が殺した亡骸を抱いて女々しくなく自分が許せないのか。
――でも、今は。
この温もりが消えるまで、ここにいたかった。

 残された温もり

(この胸の痛みは、消えることはない。)


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