『恨んでないと思うよ』

うっかりと口から出た言葉だった。
本当にうっかり、というのがふさわしくて、本当は滝川はそんなことを彼に言う気ははなっから存在しなかった。

「狭いけど、そこ座って。」

彼が荷物を机の横にかけながら言った。
きちんと整頓された机。その隣りの本棚には滝川がレベルが高すぎる、と嫌煙して買わなかった参考書がずらりと並んでいた。
机の上には使い込まれた辞書が置かれている。

それは、彼の容姿とは不釣合だったのだけど、彼の普段の授業態度を見る限りそれが彼の性分なのだろう、と滝川は思った。

そして、その一角とは雰囲気を異にして存在感を放つものが部屋にはあった。

一際目立つのは弦楽器だ。滝川にはそれがギターではないことくらいしかわからなくて、近くに並べられている機材が恐らく「音楽」を奏でるものであることくらいしかわからなかった。
そしてその隣にはコンポが置かれていて、滝川には縁もゆかりもないCDが並べられていた。


滝川が彼が制服をハンガーに吊るしている間にその棚のCDのラベルを覗き込むと、彼が声をかけてきた。

「興味ある?」

「いや、俺こう言うの全然詳しくないから。」

「詳しくないんじゃなくて、興味あるって俺は聞いたんだけど。」

彼は、そう言ってへらり、と笑った。

「よかったら、貸すよ。おすすめのCD。」

その言葉を聞きながら、自分の家にはCDを聞く環境があっただろうか、と考える。そういえば父がお経を聞くために買ったがいいが放置されているプレイヤーがあったような気もする。

「いいの?」

「こう言うのはね、布教したいものなんだぜ。」

楽しそうに彼は、自分のCDの収められた棚を覗き込んだ。
それを見ながら、滝川は少しだけ未知のものに対する「期待」というものに胸をときめかせた。

そこまでして、滝川は自分が彼の部屋に呼ばれた理由を思い出した。




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