毎夜のように繰り返し見た夢と同じ、桜と月。
猫が爪で引っ掻いたような、というのだっただろうか。細い月はそれでもその存在感を放つ。夜闇を切り裂くように漏れる光に、はらはら、と薄紅の桜が散っていく。この7年で、桜も随分と立派になった。きっと、肥料が違うのだろう。
夢と同じなのに、そこに五感が加わることによってこんなにも違うものなのか、と見惚れた。
胸ポケットの符が、小さく揺れた。
「……素敵だと、思わない?ねぇ、ルシウス。」
「……イツキ……。」
ルシウスが、名前を呼ぶ。振り返らない。さらさらと、体感するには薄すぎるほどの風が吹いて、ひとひらひとひら、花びらが散っていく。
「……7年間……俺がルシウスに一目ぼれしてから。長かったけど、毎日が楽しくて、宝物みたいに、輝いていた。」
まだ、冷たい風が、少しだけ強く吹いて、薄紅色の花びらが滝のように舞った。
ふわり、とその風と、花びらに合わせるように振り返ると、無表情なルシウスがいた。
「君に恋してよかったと。心から思うよ。」
ルシウスの瞳が揺れて、端正な顔が歪んだ。
それを見て、目を細める。
自分の性格が悪いのは知ってる。
でも、それを言わせたい、自分がいるんだ。
「……ねぇ、ルシウス。君は俺を殺すのだろう?」
俺の大好きな、アイス・ブルーの瞳が俺を見据えて、強張りついた唇から、震える声が漏れた。
「……仕方ないんだ……」
仕方ない。なんて、便利な言葉だろうか。すべて、仕方なかったと言えたら、どれだけ幸せなことだろうか。
杖先が、俺に向けられる。
「ルシウス、愛してるよ。」
心から、笑う。君は、笑い返してはくれない。
その理由は分かってる。
俺の瞳にあるのは、きっと、紛れもなく狂気なのだろう。
酷く傷ついたような、悲しい顔を、ルシウスはした。
俺は、罪深い。
「……ねぇ……笑って……」
君にまだ、重荷を課すんだ。彼が、忘れることなど出来ぬように、枷をかける。
「俺は、ルシウスの笑顔が、一番好きだよ。」
無理難題に、ルシウスは答えようとする。その、実直さが好きだった。
ルシウスは、笑顔を作ろうと、泣き出しそうなその顔をより一層にゆがめた。それが、彼の精一杯の笑顔なのだろう。
その拍子に、眦からこぼれた雫が、風に爆ぜ割れて、流れる桜の花びらと共に、舞った。
濡れたアイス・ブルーと、薄紅の対比が、どうしようもなく綺麗だと思った。

「……アバダ・ケタブラ……」

大好きな、ルシウスの声。震える声音と共に、緑の閃光がはじけた。
「さよなら、俺の愛した人。」
最期に見たルシウスは、やっぱり泣き顔だった。



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