「……そろそろ、桜が盛りだよ。」
微笑むと、ルシウスはずっと本に落としていた視線を少しだけ上げた。
「……実家に、帰るのか?」
デートの誘いがないことに、彼が其れをいぶかしんで聞いた。
「ううん。卒業までって、約束だったから。」
そうか。と頷いて、ルシウスは本に目を落とした。
「……ルシウス。俺は葛城家の頭首になったよ。先代が死んだんだ。」
はと目を見開いて、ルシウスが俺を凝視した。
「まだ、内々だ。俺には親父が最速の式を送ってくれた。」
彼の瞳が、大きく揺れた。
「……イツキ……」
押し殺された声が、ルシウスの形の良い唇からこぼれた。
其れをさえぎるように、俺は言う。
「デート、してよ。夜桜デート。ね?一回くらい、夜、ベッドを抜け出して。行こう?」
いつものように、せがむ。いや、いつもよりは少し、強引に。必ず、彼がこの誘いに乗ることを知っているから。
「……あぁ……。」
「そんなに心配しないでよ。大丈夫、俺は紳士だから。」
今にも泣き出しそうに揺れる瞳に、俺は見当はずれなことをわざと言った。
「お前に、襲われる程、弱くない。」
「どうだろうね。」
「……、」
「いや、襲わないって。」
軽口を叩いて、にやりと笑う。釣られるようにして、ルシウスも笑った。
君の笑顔が、苦しそうで、
でも、やっぱり愛おしい。
「愛してるよ。」
耳元で囁くと、少しだけ言葉に詰まったルシウスがはいはいと、呆れたようにして笑った。

罪悪感に満ちた表情が、胸に痛い。
本当に君を利用するのは俺なのに。
それの反対に、君が悩めば悩むほど、俺が君の心を占めていると、嬉しくなる。

……ごめんね。俺はエゴイストなんだ。


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