ヒナギクが咲き誇るその空間に、ルシウスを連れていった。 
「…な?綺麗だろ?」
そう笑むと、ルシウスが何とも形容し難い、複雑な表情で笑った。 
「…あぁ…」
ルシウスが自分と二人で休みの日に出かけることに応じたのははじめてだった。緊張しているのか、なんなのか。ルシウスがイツキの扱いに困っていることは知っていた。
それを知らないふりして、無理矢理に距離を詰めるように接してきた。
白い花の中を真っ青な蝶がひらりひらりと舞う。それに視線を取られるルシウスを目で追いながらイツキはすっと手をのばす。今日は休みだから、イツキは制服のローブは着ていない。のばされた白いワイシャツを纏った腕にはっと驚いたようにルシウスがこちらを見る。
「喚んでみよっか。」
不敵に笑って口笛を吹く。少しだけ力を込めると音は不可思議に反響する。青色の蝶がひらりひらりと不器用に羽根を動かしながらイツキの手にとまる。 
「…凄いな、イツキは…」
ふわりふわりと羽根を開閉する美しい蝶を覗き込みながらルシウスは感心するように吐き出した。
ぱっと、顔に朱が集まるのがわかる。こんな風にルシウスが自分をストレートに褒めるのは珍しかった。
「いやいや、大した事ではないんだけどね。…そう言って貰えると嬉しい…。」
そう言いながら、照れ隠しに息を吸う。 
此処の自然はとても良い。 
西洋では何処もかしこも強固で人工的なものばかりだが、此処は、大自然がそのままに自然が息している。
ゆっくりと、呼吸すると、太陽の光が自分の中で渦巻く様な感触が好きだ。
すいっと指を動かすとそれに従って蝶がひらりひらりと軌跡を描いて舞う。
「……イツキは、本当に凄い……。」
しみじみとルシウスが言った。 
「何?俺のしぶとさについて?」
少し、慣れてきたぞ、とイツキは息を吸う。そして少し冷やかすように笑った。簡易的にかけた術が解けて蝶は花の中にひらりひらりと戻っていく。ルシウスは苦笑して首を横に振った。 
「…いや…、確かにそれも折り紙付きだが…」 
そこで、彼は言葉を切って、すぅっとアイスブルーの目を細めた。
「…イツキには、世界がどんな風に見えてるんだろうな。…今まで、つまらないと思って見ていた風景も、お前の視線で見ると、楽しく、美しいものへと変わる…。」
「…俺は、楽天家なんだ。」
「…確かにな。」
お茶にしよう。そういって、いてものティーセットを出すとルシウスは驚いて、何処にもっていたんだ、と聞いた。 
また、秘密、と笑って答えて、この日の為に用意した紅茶を煎れる。

入学してここまで、かなり必死に西洋の上流階級の作法やらを勉強してルシウスの好みを研究しつくして紅茶を選んだ。
ふんわりと良い香りが上がる。魔法でも入れられるのだが、イツキは敢えてそれをせずにポットを持ちだして彼の前でいれてみせた。
「…いい香りだ…。」
「ダージリン。お気に召して頂ければ、光栄です。」
「…煎れ方も申し分ないな。」
「魔法薬学も得意なんだよ。」
「…知ってる。」
焼いてきた昼食代わりのスコーンにジャムを付けつつ、紅茶を飲む。  
他愛のない会話をひとつひとつ重ねる。この間のレポートのこと。隣の子のいびきがうるさいこと。久しぶりのチェスの名勝負。クィディッチの試合について。箒の選び方。
他愛のない話。

ぽつん、と会話が途切れた。

ルシウスが呟いた。 
「……来年もまた、誘ってもらえるか……?」 
「……喜んで。」

来年だって。 
再来年だって。 

「…その前に、俺が入学したときにうちの家が寄贈した桜が今年辺りから咲きそうなんだ。…まだ若くて迫力には欠くけれど、…一緒に、見に行かないかい?」
「…サクラか…。」
「…あぁ…、日本の花だ…。」
「うん。楽しみにしてるよ。」
ルシウスが何の衒いもなく、鮮やかに笑った。その微笑が何よりも嬉しかった。 
「…ただ、大王イカを見ながら…というのは少し…遠慮したいな。」
「…残念だな。せっかく曲芸を覚えさせたのに。」
俺が言うと、ルシウスは苦笑する。 
「…機会があれば、見せて貰おう。」
是非に、と俺が笑うと釣られてルシウスも笑った。


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