グリフィンドール? 
スリザリン? 


んな事、知ったこっちゃぁ、ない。 
三年生になった今も伊月は毎日のようにスリザリン寮へと足を運んでいた。 

只今、5時。 

勿論、朝の5時だ。 

ホグワーツの学びやで学ぶ子供たちが起きだすにはまだまだはやい時間だ。
白み始めて満点の夜空に輝いていた星が次々と消えていく。

冷たい雰囲気の地下の近くにある大きな額縁の厳めしいナイトにおはようと声を掛けると、鎧をガシャガシャと音をたてながら動かして今日も早いなと返事をくれた。 


もちろん、スリザリン寮の門番であるこの気難しい騎士が、はじめからこんなふうに返事をくれたわけではない。
返事どころか、最初はそれはそれはひどかった。
『グリフィンドールが何用だっ!?』
なんて大騒ぎしてくれたおかげで、スリザリンの監督生が朝の早い時間にも関わらず起きだしてきて、それはもう怒り頂点って感じでグリフィンドールの監督生呼び出して、同じくこんな時間に起こされた自分の寮の監督生にくどくど文句をたれられながら、グリフィンドールの寮に引っ張っていかれて、減点を食らうことになった。

普段真面目な学生な自分が減点なんて食らったことがあるはずもなく、それなりに凹んだりしたわけだけれども、こんなことで諦める俺ではない。 
『あ、…この額、研いて差し上げましょう!』
『うむっ、グリフィンドールの癖に良い心掛けだ!!』
そんな訳で、しっかりと買収をさせていただいて、今では騎士はこの時間をこっそり楽しみにしているほどに仲良しである。

だから言っただろう。 

俺の前に道はない。俺の後ろに道ができる、ってね。
「今日はルシウスは?」
「……そろそろ諦めたようだ。未だじゃ。」
というのも、毎朝寮の前に迎えに来る俺を避けようと、ルシウスが俺より先に寮を出ようと躍起になっていたのだ。麗しいルシウスの目の下に隈ができるのは労しかったけれど、こちらとしても引き下がるわけにはいかないわけで、どんどんどんどん早くなっていくルシウスの起床時間に取り巻きたちがまずリタイアして……ということで、まぁ、俺の執念の勝利、といったところかな。
ぱちん、と指を鳴らすと高級額磨きセットが登場する。
「いつもすまんのぅ。」
「いえいえー。今度絵の修復の方を勉強してきます。」
「おぉっ、楽しみにしとるぞ!!」
つまりは騎士の買収セット、というわけで、それをちらりと見せたときのルシウスの苦虫を噛み潰したみたいな表情は見物だった。
年代物の豪奢な銀の額縁をぴかぴかに磨き上げる。毎日のようにやってるわけだから、そんなに目立った汚れはないわけだけれど、それでもやっぱり磨き上げるとぴかぴかになる。
満足そうなナイトに、自分も満足して、丁寧にセットを箱の中にしまって、ぱちん、と指を鳴らした。

それから、もう一度ぱちん、と指を弾いてティーセットを出す。机と椅子が出現して、俺はその上で紅茶をいれて、屋敷しもべ妖精に朝からキッチンを借りて作った(俺の起床は四時だ。)クッキーの味見をしながら彼を待つ。多分、明日からはもう少しゆっくりと眠れるだろう。

暫くすると、一番のりのスリザリン生(見ない顔だから、何か用があるんじゃないかな。)が出てくる。あわてた様子の彼は、俺に気付かず行ってしまった。
顔馴染みが、ぽつぽつ現れ始める。
「おはよう、カツラギ。お、マルフォイは遂に降服かい?おめでとう。」
「うん。おはよう、リック」
「今日はチョコチップか。ああ、いつもながら美味だ。イツキはよい嫁になるな。」
なんて、冷かして、皆去っていく。
全員、諦めの境地と言ったところなのだろうか、適当に投げやりなルシウスが聞いたらおもいっきり顔をしかめそうなエールを送っていってしまう。

胸ポケットで、苻が軽く揺れた。 
指を弾くと、ティーセットが消える。 

ルシウスが出てくる。 

特技が情報収集の俺が、スリザリンの合言葉ごときを知らないはずがない。
合言葉を使えばもちろん、寮の中に入れてしまう。
だけれども、中には入らない。合言葉は使わない。

それが、境界線(ボーダーライン) 。

俺は紳士だってことを見せないと、ね。その割に、胸の中で揺れた符はルシウスが近づくと揺れる仕様のもので、そのことを告げると大層に評判が悪かったので本人には言っていない。曰く、ストーカーが過ぎて戦慄する、らしい。

出てきた彼は、俺を見て、しかめっ面をする。 
……それを見て、苦笑しつつも、俺は言う。
「おはよう。ルシウス。」
「…おはよう、イツキ。」
はじめ、憎々しげだった顔は、ストーカーに対する呆れ加減のしかめっ面になった。 
「…イツキも、良い男なんだから、モテるだろうに…、毎日よく飽きもせず…」
「ルシウス以上に、良い男なんて、いるものか。」
彼の付き添いに一言言って、浮かれる足を踏みしめながら一歩一歩歩く。
「今日は、二時間目、三時間目が魔法薬学とルーン文字が一緒だね。君の一時間目は変身術で俺が魔法史。迎えに行くよ。」 
そう言うと、ため息をついて、彼は頷いた。
「それからね。」
「ああ。」
鬱陶しい、と態度で示すようにルシウスが返事を返す。
視線を一ミリたちともこちらに向けない。
その視線を独り占めする為に、わざと、ルシウスの目の前でぽんっと音を立てて、俺はそれを取り出した。
「見て、早咲きのヒナギクだ。」
「……ヒナギク……」
突如として現れた薄桃色の花に、ルシウスが歩を止めて、
「……あんまり、綺麗だったから。ルシウスを二日後には呼ぼうとおもうんだ。俺の見つけた、花園に。」
「…あぁ…。」
手渡したヒナギクを受け取って、ルシウスが頷く。ルシウスはあまり贈り物を受け取らない。そのルシウスが儚げな印象の花をそっと手にとって興味深そうに眺めている。非常に絵になる、と横目で見つめながら俺は薄っすらと笑った。
「このクッキー食べて。チョコチップだよ。ビターチョコで作ったんだ。」
ついでに押し付けるように渡されたクッキーをルシウスは受け取る。それを朝起きたばかりでまだ何も入っていないだろう口にルシウスは戸惑いもせずに入れた。
最初は何を疑ってか気持ち悪がってか口にしようとしなかったのだが、これも俺の粘り勝ちといったところだろう。
味の感想を述べたりはしないが、微かな表情の変化でお気に召したのだろうか、とイツキは思う。
「ハイ、良かったらこれで手を拭いて」
ハンカチを取り出して手渡すとそれを受け取りながらルシウスが苦笑した。
「……次から次へと何処から出てくるんだ…。」
「秘密……、ハンカチは紳士の嗜みじゃないかな」
にっこり笑うとルシウスはまた溜め息をつく。物憂げな表情もイツキは好きだった。
「じゃあ、また二時間目にね。」
そう言って、手を振って、調度良く現れた眠たげなレイリアの隣へ走る。 
それだけ。 図々しスリザリンのテーブルに座りに行ったりはしない。……いや、寮の前で出待ちをするというのは相当に図々しいという話はさて置いて、イツキはルシウスに必要以上に干渉したいわけではなかった。
出待ちは、朝に顔が見たい、という些細な我侭だ。(些細というには少し、被害が大きかったが)
それだけ、顔を見れただけで、自分は幸せだ。

「おはよう。レイリア。」
「ああ。今日のストーキングの成果は?」
眠たげにレイリアは眼をこすっている。そう言えば彼は課題ができておらず、夜中までレポートを書いていたのだった。イツキは?もちろんずっと前に済ませてある。ぎりぎりになるまで放置するような真似はしない。そしてイツキはとても早寝だった。
「ヒナギク・デートの約束を貰った。」
「…ふぅん…。おい、ディック、俺の勝ちだ!6シックル寄越せ!!」
レイリアはニヤリと笑って振り向いて先にテーブルに付いて食事をとっている友人に声をかける。一応イツキとの共通の友人ではあるが、ストーキングに忙しいイツキよりもレイリアの方が親しい。
「ちっ、何で大王イカデートはダメでヒナギク・デートはOKなんだっ!?」
「さぁね。ミスター・マルフォイに聞いてくれ。」
こいつら、俺を賭け事の対照にしてるのか。話し合いの内容を聞きながら、却下された大王イカデートの話を持ちだされてイツキはむっすりと拗ねる。
大王イカに芸を仕込んで見せるという内容でデートを企画したのをきっぱりと断れれた、という話だ。
俺が恨みがましく、6シックルの取引をする二人をじっとりと見ると、それに気づいたレイリアがニヤリと笑って言う。 
「…こうやって俺はお前の恋に貢献してんの。こうすればお前の努力が少しは皆に伝わるだろ。」
「…俺は、水面下で頑張るの。クールに紳士な白鳥なの。」
「……紳士はストーキングしません。」
「なにおう!?俺は紳士だ!!一度たりとて夜這いをかけたことはない!!」
「…そぉですか。」
胡乱げに見つめるレイリアにぷいっと怒りながら、朝食を胃のなかに入れる。

最初、俺に対して嫌がらせを重ねてきた、スリザリン生、グリフィンドール生の数々は、俺が呪術、魔法、拳、他で返しに返してきたので、今では俺に何を仕掛ける人は誰もいない。 
おまけに、常に学年トップの成績を誇る俺は、女子たちから、恋愛と学業は両立出来る、と言う敬意の対照ですらある。 

レイリア曰く。二人とも容姿が良いから女子達から許容されているらしいが、男子達も、色々俺の恋で賭けをしている。 

でも、俺はそんなことはどうでもいい。 
俺が只一人想い続けるのは、彼一人だけなのだ。 
日常会話位は可能になった今では、出来る限り、そばにいるために毎日彼の元に駆けていく。
去年はクリスマスプレゼントにマフラーを貰った。 

面と向かって、公衆の面前で愛してると叫ばないかぎり(…皆知っているのだが。叫ぶと彼は非常に恥ずかしがる。むっつりと怒って耳が真っ赤になる。)ルシウスは怒らないので、傍にいつもくっついている。
自分こそは彼のそばにいるのだと幅をきかせていた彼の腰巾着は買収済みだ。主にお菓子で。 

時折呼んでくれる“イツキ”と言う声が愛しくてならなくて。 

毎日が楽しくて、足取りが踊る。 

そりゃ、レイリア達とばか騒ぎするのは楽しい。自分だって年頃の子供であるから、周囲の迷惑を顧みずにクィディッチの話をしたり、チェスをしたりカードゲームをしたりして遊ぶ。
あまり、同い年の子供たちと遊ぶことのなかったイツキには、とても新鮮で面白いものの一部だった。

でも、それとルシウスは別物だ。

日刊預言者新聞を見て、変わりゆく世界情勢に眉を寄せた。文字通り踊る紙面には、真っ黒な煙を吐く家が映っている。
…たとえ、どんなに戦争がはげしくなっても、
この愛は変わらない。

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