『こいつ、マルフォイ家と話してる…』

留学生に興味がなかったわけがない。

帽子をかぶるその少年を、見知った顔の魔女や魔法使いたちが不満そうに見ている。どれも、見知った顔で、留学生と仲良くするように、と言い含められてきた子供なのだろう。レイリアと、同じように。

今までどの国とも不干渉、という立場をとってきた向こうの国の第一歩として、政治的な渡りをつけるために友好の印として送られた留学生だった。
話によれば、やってくる留学生はその国でマグルとの不干渉を唱えている派閥なはずで、闇の勢力に押し負けている勢力を立て直すために、イギリスでは未知の分野である東洋の魔術を手にする、というのは多少なりとも重要なことであった。聞けば東洋では空間魔術や予言めいたものを扱うことに長けているらしい。戦略的に非常に重要な位置を占めているかもしれない術は、看過できなかった。

藁にでも縋りたい。少しでも勢力を広げなければならない。
これは戦争なのだ、と父は言った。

子供を巻き込むべきではない、と母は言った。

それでも、それでも、勝たなければならないのだ、と言った。

徐々に広がるヴォルデモート卿を中心とする闇の勢力に、皆がおののいているのだ。
『これはチャンスなのだ。』
異国から来るという、由緒正しき家柄の一大勢力の次期当主である少年を指して、子供たちは言い含められて学校にやってきた。

学校には、ダンブルドアがいるから。あの、グリンデルヴァルトを破った、あの大魔法使いがいるから、学校では話しあいが可能なのだ、と言われた。


なのに、初っぱなで計画は頓挫。

マルフォイ家と話してそれ以降口を閉ざしてしまった留学生の少年に、子供たちは正直落胆の色を隠せなかった。 

これで、こちらの勢力はせっかくのチャンスを棒に振ったかに思われた。 
「グリフィンドールっ!」
……耳を疑った。 
スリザリン以外のテーブルが一気に湧いた。誰もが叫ぶ。
あれは演技だったのか!凄い演技だ、と感心してそいつを見た。 

そいつは無表情で手厚い歓迎を受けながら席に着いた。 

……人が嫌いなのだろうか? 

権力とか、色々なものが渦巻くこの中で生きていく、この少年なりの知恵だろうか。 
そんなことを思いながら、レイリアは黙々と目の前に積まれたじゃがいもばかりを皿に山盛りにして食べる少年を見て思った。
少年を気にしていたのもそこまでで、今まで張り詰めていたのが嘘みたいに溶けた瞬間、レイリアはその堂内の天井が満点の夜空になっていることに気づいた。

そうか、こんなところで両親は学んだのだ!

目の前に積まれた料理はどれをとってもとても美味しくて、ここに来てやっとレイリアは、自分がグリフィンドールに入って、それから、ここで学ぶのだ、と実感した。



満腹になって、眠気が襲ってきた頃、レイリアたちは寮へと監督生に案内された。
暖かな、紅で統一された寮に感動しつつ、部屋に入る。自分の荷物が届いている部屋に感動しつつ、ベッドに飛び乗る。
家を離れるなんて、初めてのことなのだ。

同室になった連中と騒いでベッドに飛び乗りながら、ホグワーツ特急の中で買ったお菓子を引っ張り出した。

本当はホグスミードなんかに行ってみたいのだけど、それは三年生からだから、楽しみにとっておいて、兄貴が上の学年にいる連中が、もらったのだといったゾンコのパーティーグッズをいっぱいに広げた。


そこで、あたりを見渡して、レイリアははた、と気づいた。
……留学生と同室だ。 

留学生はじっとこちらを遠巻きに観察しているだけで、騒ぎが終わっても、こちらに入ってこようとはしなかった。
さぁ寝ようと、監督生に追い立てられながら寝支度をするときに、レイリアは一言も喋らず、黙々と寝支度をする少年をちらりとうかがった。 

その瞬間、カッ!と彼は目を見開いた。 

それはもう、物凄い勢いで。 

何があったのだか判断に困ったレイリアは、パジャマのボタンを合わす手を止めて、少年を凝視する。

その姿勢のまま硬直した少年は唐突に頭に手をやって、
異国の言葉で、 あろうことか
絶叫した。一応付け足しておくと深夜に近い。 
涙にくれて、床を打ち付ける少年に、先輩や、周りの住人達が何だ何だと寄ってきたが、留学生を見た瞬間、何だ、ホームシックか。と勝手に納得して帰って行った。いや、そういう問題ではないだろう、と思いながらレイリアは、その少年から目を離すことができなかった。 
眠たいが、何時まで続くのか興味があって、たた一人俺は見続けた。 
暫くたつと、少年はすっくと立ち上がり、 
何か、決意に満ちた表情で言った。

よくわからなかったが、拍手しておいて、レイリアは眠気に負けて、寝た。 




翌日に自己紹介すると、彼はにこやかに、弁舌絶好調で挨拶を返した。 
昨日の無口は何だったんだろ、と考えながら、握手する。 
眞生って何だろうとか、色々変だとはおもったが、緊張してたのかな、なんて勝手に納得して、レイリアはイツキという少年と友達になった。
なんだか不思議な少年で、留学生だから、とかそういうのものではなく、レイリアはこの少年と友達になりたい、と思った。 
……変人だけど、とても楽しい。
きっと、とてもいいやつだ。

直感がそう告げたのだ。



食堂の目の前で、レイリアはイツキに朝食に絡めて食べ物の事について聞いていた。 
あまり洋食を食べることがない、言ったイツキは、昨日は緊張していてあまり覚えてないのだけど、これからの朝食が楽しみだ、といった。
君は昨日はじゃがいもばっかり食べてたよ、というと、道理で喉が乾いてるはずだ、とイツキは笑った。
その時だった。
イツキの表情が、停止した。
顔からは表情の一切が抜け落ちて、一点を凝視していた。 

何事かと、レイリアはイツキの視線を追う。視線の先にいる、ルシウス・マルフォイと目があって、レイリアは顔をしかめた。
イツキにはもしかしてイツキになりに何か有るのかもしれない、と思い、少し距離をおいて、レイリアはイツキを見守ることにした、その瞬間だった。
イツキがかけ出した。
「ルシウス!」
必死、というのがふさわしい声で、イツキが叫ぶ。
すべての勢力にいい顔をしてこいと言われているのか、それとも、媚を売ってこいと言われているのか、と思いながらレイリアは少し不快になってその少年の背中を見た。
東洋人はレイリアたちとは同い年だ、とは言われてはいるが、幼く見える。

「貴様に呼ばれる名前はない。」
すっぱり切り捨てる声。 
グリフィンドールに入っておいて、まだ、ハッフルパフなんかだとまだしも、今対立が激化する中で、それはないだろう、とレイリアは無感動にその様子を眺めた。
がくり、とイツキがオーバーリアクション気味に膝を付いた。 

どういうつもりなのだろうか、静観を決め込んでいると、マルフォイが顔色を変えて焦りだす。
珍しい、妙だ、なんて思いながらレイリアは眺める。
「こんなに貴方を愛しているのに!!」
突然の絶叫に、……それはもう、悲痛な絶叫に、それを聞いた人々は言葉を失った。 
留学生は男色か!? 
と思うと、夜が心配になった。


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