そして夜は明けて、朝が来る。
俺はすっきりとさわやかに目覚めた。
鏡に向かって完璧だ、と言いながらポーズをとると隣の子に白い目で見られたが気にはしない。
そんなことをしているうちに昨日拍手をくれたグリフィンドール生の名前がわかった。
「君がジャパンからの留学生?俺はレイリア・アーク。」
にっこりと笑いながら俺の背中を叩いた赤っぽい茶髪の少年に俺は微笑む。
「うん。初めまして。俺はイツキ・カツラギ。葛城姓で呪術師だと普通はジャパンの陰陽師なんだけど、父が少しマニアックで俺は中国の道士ってやつの修行をつんでる。まぁ、イングリッシュで言うと両方とも呪術師(ブーディスト)なんだけどね。」
まくしたてるように自己紹介をすると、レイリアは目をぱちくりさせて自分の顔をじっくりと見て言った。
「…もっと変わった人なのかと思ってたら結構普通に明るくてよくしゃべるのな…。よろしく。」
そう言って手を伸ばした彼の手を握りながら俺ははっはっは、と声をたてて笑った。
「ああ、俺は昨日生まれ変わったからな。眞生・イツキと呼んでくれ。」
「…わかんないけど、…だって僕は今日からだからね!恋でもしたかい?てか、やっぱり君は変だ!」
「変と恋はよく似ている。そうさっ、恋する人は皆変人!!」
漢字ならともかく、ストレンジとラブは似てねぇな、と言ってから気付いたが訂正はしない。
「…うーん。そういわれると、恋したくなくなったよ…」
なぜ似てるのかもわかっていないだろうレイリアは自分の奇行には取りあえず目をつむることにしたらしく、肩をすくめて楽しそうに笑った。






食堂に行くまでに、俺とレイリアはすっかり仲良くなった。 
俺が普通に話しているのを見て、話し掛けてくる人も多く、昨日し損なった友達づくりもできた。 
昨日すっかり忘れていた本家から言い渡された次期頭首としてのミッションは滑り出し好調だ。 
食堂の前を、レイリアと談笑しながら歩いていたときだった。 

視界の端でプラチナブロンドが揺れた。

周りの音が一気に遠のいて、頭のどこかのスイッチが入った。

出来たばかりの友人が怪訝そうに声をかけたが、そのような声が真実自分に届くことはなかった。
「ルシウス!!」
夢のように浮かれたその記憶の中で呼ぶことを許されたその名前を呼ぶ。
その声に勢いよく振り向いた彼は、キリリ、とその眉を吊り上げて眉間にしわを寄せた。
しかめっ面をしてみ下げるように顎をきっと上げて、はっきりとした声で言った。
「貴様に呼ばれる名前はない。」
冷たい視線が、俺を貫く。 

その声が、その視線が、あまりにも悲しくて、膝を折る。

そんな俺をルシウスは目を眇めて見下した。
軽蔑の混じったその視線が、悲しくて、悲しくて、堪らなかった。
その目は、その顔は、俺を嫌悪していると全力で告げていた。
「…俺が、嫌いですか…?」
胸が締め付けられる想いがして、目頭が熱くなる。
視界が次第にぼやけていく。嫌悪の表情でも見えなくなるのは悲しくて思わずまたたきすると、眦から熱い滴がこぼれ出すのがわかった。
それは頬を伝って、熱を奪われ冷たくなって顎に届く。 
が、そんなのには構っていられない。 
「……昨日から、貴方のことが、忘れられませんでした……」
「……は?」
焦ったような声がした。
次から次へと溢れてくる涙のせいで、その表情を見ることすらできない。 
「俺は、こんなに貴方を愛してるのに!!!」
ヒュ、と誰かの喉が鳴って、ざわざわと賑やかだった朝の食堂前が静まり返る。
「……今、…何といった…?」
ルシウスのこわばったような声が、不自然な静寂の中に落ちた。
「たとえ、身分違いの恋だろうと、貴方の性別がなんであろうと、俺は気にしません。」
「いや。俺は気にする。」
ルシウスの言葉よりも、言わなければ、伝えなければならない、という衝動が伊月を動かす。
「…出会った瞬間、此れは運命だと思いました。」
「運命!?」
涙を拭うと、ルシウスの表情が良く見えた。 

その顔は未知のものを見るかのように強張って引き攣っていた。
「俺は貴方を愛しています!!!」
びっくりしたようにその言葉に瞬いたルシウスは、勢いにたじろいて、言葉を探す様に視線を虚空にさまよわせて口をぱくぱくと動かした。
「…気持ちは、大変嬉しいが、私には許婚がいて…」
絞り出された言葉に、視界が傾いだ。
「……っ……、かなわぬ恋なのですね……っ!、俺にも許婚がいます。」
「いるのかよ。」
うっかりと、歳相応の反応でルシウスがツッコミを入れた。
「……それでも、俺は貴方が好きです!!貴方の名前を呼ぶ権利を、俺に下さい!…その声で、俺を呼んでください!!」
逃げるように下がる手を、はしっと掴む。
その手はあまりに冷たくて、その冷たさが自分を拒絶しているように感じてどうしようもなく悲しくなった。


冷たい手、逃げるその手をしっかりと握って、その透き通るようなアイスブルーの目を見据えた。 
「……わ、わかった…」 
勢いに気圧されたようにルシウスはぎこちなく首を縦に振った。
「有り難うございます!!ルシウス!!」 
嬉しくて仕方なくて、呼ぶことを許されたその名前を呼ぶと、ルシウスは困ったような顔をした。
迷惑だなんて、百も承知だ。それでも伊月は引き下がるわけにはいかなかった。
「……あぁ、……じゃ…私はこれから朝食が…君もだろう?」
「……、名前を、呼んではくれないのですか…?」
じっと、懇願するように、彼を見上げると、彼は言葉に詰まってあたりを見渡した。

自分たちの周りにはすっかり見物人の人垣が出来上がっている。
彼は少しうろたえて、耳を赤く染めて、少し顔を伏せる。
「…イツキ…、席につきなさい。」
小さく、仕方なしというように絞り出されたその名前。
恥だ、呪ってやる、とでも言うように睨みつける視線を伊月は無視して、笑った。

今は、これでいい。いつかきっと。



俺はグリフィンドール。 

彼はスリザリン。 

仕方ないのだ、これからの努力次第だ、とも思い、名前を呼んでもらったことに若干の満足を覚えながら俺はそっと、伊月の熱がうつって少し暖かくなったその手を離した。 

イツキとその名を呼ぶ、その声が優しく成る日を夢見ながら。
 近くにいたレイリアに行こうか、待たせたね、と声を掛けると、ギクシャクと彼は頷いて崩れていく人垣をかき分けながら、グリフィンドールのテーブルを目指した。 
「……君は……その、男色なのかい?」
少しそっぽを向いて、顔をしかめながら聞いたレイリアに俺はきっぱりくっきり答える。
「いや。」
その答えに少し不可解そうにするレイリアに俺は、言う。
「俺は運命論者なんだ。」
「……へぇ。」
そんな言葉、初めて聞いたと言わんばかりにぎこちなく相槌を打ったレイリアに俺はまくしたてるように続ける。
「母がね、父と出会ったとき、この人しか居ないと思ったといっていてね。……自分もいつか、そんな人と巡り会うのだと、信じてたんだよ。」

ずっと遠くの国にいる母の話を思い出す。
 
『ビビっと来たのよ!もぉっこの人しかないって思ったの!!家柄?!そんなの付属品。大切なのはあの人なのっ!』

かの地の母は、自分がこの国に来ることに反対だった。
自分の息子が駒のように扱われることに不服だった母親。でも、伊月は自分の意志でこの国に来た。きっと、きっと、違う道がひらけるに違いないと思ったのだ。
事実、全く違う道が開けてしまったわけだが、と内心皮肉を言いながら、少し笑った。
「…やっと、巡り逢ったんだ…。そう簡単に諦められるものか…。」
決意を込めて言う。これは、運命なのだ。これこそが自分の道なのだ、と伊月は思った。
その時、レイリアが御愁傷様なんて呟いたのを伊月は知らない。


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