時代は、暗黒の中へと進んでいく。
どのような意図をしてかはわからないが、伊月は視察という名目も含めて、イギリスの学校に留学することとなった。

このことがどんな影響を互いにもたらすのか。すべては自分の振舞い次第だ、と耳にタコができるくらい言い聞かせられて、これは時期党首としての修行の一環であると言い渡されたからにはやるしかないのだと俺は少し緊張していた。



満点の夜空の天井、数え切れないほどの蝋燭が優美で豪奢な装飾を彩る。

余裕を持って作られたスペースは無駄に思えるほどに広い。

思わず見上げてしまってばかりで首が痛い。

田舎育ちの自分には文化の違いも含めて、そのきらびやかで無駄に大きな装飾はあまりにも刺激的だった。


「あぁ……間違いなく迷子だな……」

うっかり日本語でぼやくと、近くにいた子たちが変わった発音に反応してこちらを振り返ってひそひそとこちらを見ながら何か呟いた。
なんだなんだ、と怪訝そうな顔をすると、その中の一人が自分に近づいてくる。
『君が異国の留学生かい?今年は異国の呪術師を招く、と言っていたけど。聞く話によると、君は君の国では由緒正しき家柄らしいね。私は、ルシウス・マルフォイだ。』
完璧な発音のクイーンズ・イングリッシュの中にエクスチェンジスチューデント、という言葉が聞こえて自分のことを言っているのだと思って少し戸惑う。
自分はそんなに有名なのか、もしくはそんなにこいつが情報通なのか、と考えながら俺はそのルシウス、と名乗った少年を見た。

それは、衝撃だった。
体中に電撃が走ったような、雷に打たれたような感覚。
効果音をつけるならバシッだ。
『えと、…俺は、かイツキ・カツラギ。仰る通り、ジャパンからのエクスチェンジ・スチューデントです。』
どもってしまって、頭首として叩きこまれたはずのいつもの雄弁さが出てこない。
耳タコなんて言うくらいに聞かされていたはずで対面時の挨拶なんかもかなり仕込まれてきたはずなのに、そんなモノがかけらも出てこない。

伊月の頭からは、純血だとか、闇の帝王だとか、今のイギリスは滅茶苦茶危険だから気をつけろ―だとか、頭の中に叩き込まれた予備知識、老害たちの一族会議とやらの結果なんてものはすこんっ、と抜け落ちた。
『イツキ・カツラギか。これからはイツキ、と呼んでもいいかな?せっかく同い年、純血同士、仲良くしよう。君と同じスリザリンに成れることを祈っているよ。』
『俺もルシウスと呼ばせて貰います!!よろしく!!』
スリザリン、純血、そんな言葉も自分の耳には届かない。

名前を呼ばれている、そのことだけが嬉しくて、のばされた手をがっちりと握った。







そんな感じの夢から目覚めたのは、紅で統一されたそこに、彼がいないと気付いた時だった。
ハッと我に返って、何があったのか冷静に考えようとしたときに『男子寮こっち―、』という声がして、彼と同じ寮なら同室になれたかもしれないと考えがよぎる。

……アレ?ルシウスって男じゃなかったっけ?

……しかも、スリザリンとグリフィンドールってすごく敵対してる寮じゃなかったっけ?

どうするんだコレ、と頭がパニックを起こす。

夜?そんなことは鼻っから頭になかった。



「しまったああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
日本語で絶叫する。
恋は盲目とは言ったものだが、恋に惑わされて道を間違うのは意味が違う。
頭を抱えて異国の言葉で絶叫する自分に驚いて、就寝支度を終えた生徒たちが次々に集まってきて蜂の巣つついた騒ぎになる。
その喧騒の中心で俺は頭を抱えて悶えた。


****閑話休題****

恋と仕事、どちらをとるのか?
そう聞かれて、そう言う問題じゃないと答える人は多い。
働かざるもの食うべからず、上昇意欲は仕事の活力で、他のことには替え難く比較すべくもないのかもしれないが、ほおっておかれた恋人はそんなパートナーに愛想を尽かしてしまうこともある。‘正しい’返答は、「そんな思いをさせてごめん」ということらしいのだが、忙しさを改善できるわけでもなし、リップサービスだけで物事が解決するほどこの世の中は甘くない。

まぁ、そんな話どうでもいいのだが。
(どうでもいいのかよ。)

*************


頭を抱えたままうずくまっていた俺はしばらくのちむっくりと立ち上がって叫んだ。
「ロミオがなんだ!ジュリエットがなんだ!俺の道は何者にも塞ぐことは出来ない!俺の前に道はない!俺の後ろに道が出来る!」
寝ぼけ眼の同室のグリフィンドール生が、仕方なく巻き込まれた様子で絶対わかっていないだろうが、拍手をくれた。

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