拝啓

厳しい寒さが身にしみる季節ですね。いかがお過ごしでしょうか。こちらでお世話になってる方の庭では赤い山茶花が咲いています。きっと君の漆黒の髪によく映えると思うのですが、ここからでは君に届けることもできませんね。
あぁ、でも君はそうやって髪に花を挿されるのが好きではなかったですね。いつでも怒って乱暴に花を抜いていたのを思い出します。決して悪気があったわけではないのですが。

そう言えば、君にこうやって手紙を書くのは随分と久しぶりですね。最後に僕が君に書いた手紙は、血生臭い暗号交じりの報告文だったように思います。
せっかく久しぶりの手紙なのですから何か気のきいた紙に書いたり、してみたいのですが、どうもそういった方面は疎くてそっけない手紙になってしまうことをお許しください。

本当は、君がこの手紙を読むことがないであろうことを僕は知っています。

でも、やさしいひとがこの手紙を君に届けてくれる、と言うので今はその優しさに甘えていようと思っています。
君がいなくなってその事実を受け入れられない自分に付き合ってくれる優しさに、少しづつ気付きつつあります。
その優しさに気付いたうえで、すべてなかったことにしてふるまい続けることがどれだけ罪深いことなのか、わかってはいるつもりです。過去はなかったことには出来ないのですから。
それでも、君との記憶は僕の中であまりにも大きくて、整理がつき切りません。すべて忘れてしまえればどれだけ楽か、とも思います。
それでも、僕は君を忘れることはないでしょう。
君が僕に与えてくれたものが、あまりにも多くて忘れられないのです。

でもいずれ、こうやって君との思い出の夢ばかりを見ることは終わりにしようと思っています。
僕は僕の為に、優しいあの人の為に、旅に出ようと思います。どうやっても、僕はあの人の気持ちに応えることはできないから。

今はまだ、君のところには行けませんが、いずれ君の傍に行くその日まで、待っていてくださいね。今まで僕は君を待ち続けるばかりでしたが、最後くらい君を待たせても構わないのではないか、と思うのです。
それでは、また逢えるその日まで。

敬具

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