からから、と音を立てて風車が回る。
竹籤や、小刀、紙が落ちているところを見ると、縁側に腰掛けるこの男がつくったのだろう、と想像が付いた。
屯所で誰かが何かを壊したとき、彼が仕方ないな、と言いながら器用な手つきで直していたことを思い出す。
風車を見つめるその視線があまりにも優しくあまりに穏やかで、今まで見たことのなかったその表情を呆然と見詰めた。
手元にある風車に息を吹きかけると、からから、と羽が回る。
くすくす、と声をたてながら、彼は笑った。
「あ、マヨ!コレ、つくってもらったアル!」
いいだろう、と自慢するように走って風車を回しながら近づいてきたのはチャイナ服の少女だった。
「こけないようにね。」
優しく微笑んで言った声に、はーい、と神楽が返事を返した。
日が傾いてやわらかくなった日差しと、からからと回る、風車と。
どこか、桃源郷に迷い込んだような不思議な感覚がした。
ふい、と彼の顔が動いて、こちらを向く。
自分の顔がこわばるのがわかった。
彼は、今気付いた、という風に少し目を見張ると、優しく笑って、
「いらっしゃい、どちら様?」
彼は、そう言って首を傾げた。
『土方君』
自分を呼ぶ声が声が遠くなる。
彼は、そばに居る人に気づかないことはまずなかった。
どこに居ても、どんなに静かに近づいても、気付く。
『自分にはあの人を尾行するなんて無理です…』
山崎は、そう泣きごとを言った。
「神楽ちゃん、こっちへいらっしゃい。」
部屋の中から声がして、お妙さんが神楽を手招きしていた。
「はーい!」
元気よく返事をした神楽は、乱暴に靴を脱ぎ棄てて走りだす。
「では、土方さん、ごゆっくり。」
そう言いながら奥へと入っていくお妙さんに、彼は小さく会釈をした。
「立ちっぱなしもなんですし、こちらへ来ませんか?」
手招きをされるままに、彼の隣へと腰掛ける。
からから、と回る風車が二つあることに気づいて目をやると、彼はその視線に気づいてくすくす、と笑った。
「あげないよ。こっちは晋助のだから。」
欲しかったら作ってあげるよ、そう言いながら彼はたけひごを手に取った。
『しんすけっ……!』
悲痛な叫びが、耳元によみがえる。
「晋助は、自分のものだけないってなるとすぐ拗ねちゃうんだ。」
そう言って赤い和紙の鮮やかな風車を彼はもて遊ぶ。
「やっぱりお前、高杉の仲間だったのか?」
だまされた、という思いで吐き出す様に言うと、彼はきょとん、とした表情でこちらを見ていた。
「高杉?って晋助のこと?」
「……あぁ。」
何を言っているんだ、という思いを込めて低く言うと、彼は花が綻ぶように笑った。
「晋助は、親友だよ。ずっと、ずっと、一生一緒に居るって、誓ったんだ。」
屈託のないその表情に、気押されるようにして、どこかに焦りが生まれる。
焦りと、いらつきと、どこから来るのがわからない感情が心の中に髑髏を巻く。
「高杉は、死んだだろう……」
お前の目の前で。
お前の、腕の中で。
理由はなんとなくわかっていた。
彼が自分を覚えていない理由も、自分が知らない何かがそこにあることも。
それは、言ってはならないことだということも。
それでも、言わずにはいられなかった。
「しん…だ…」
反芻するように言った彼の表情を見て、心底後悔する。
あどけなく開かれた両の目に絶望が満ちていく。
「……っァァァアアアああああああァァ―――」
頭を抱えたまま絶叫する、その絶叫に土方は思わず立ち上がった。彼はその手で髪の毛を力の限りかきむしると、額から血が流れるのが見えた。
ばたばたばた、というあわただしい足音がしてふすまが開く。
銀時はその様子に苦い顔をしてから、冷たい目で土方を一瞥すると、駆け足で彼に近づき、小刀を慣れた手つきで草むらの向こうに蹴飛ばして、暴れる彼を後ろから羽交い絞めにした。
銀時は持っていたのだろう布を丸めて口に詰めると、こちらを睨みつけて、消えてくれ、と一言言った。
『叶わなかった願い事って、なんだ?』
そう聞くと、彼は困ったように笑って、秘密、と言った。
そうか、とあまり期待をしていなかった風を装って、煙草に手を伸ばす。 マヨネーズの形をしたライターで火をつけると、その動作を彼がじっと見ていることに気付いた。
『どうした?』
そう聞くと、彼は、いや、と答えて慌てて視線をそむけた。
『……土方君はさ、煙管は吸わないの?』
そっぽを向きながら吐きだされた質問に、いや、と短く否定の言葉をかえす。
『俺はそんなのを吸うほどキザでも、いい身分でもねぇよ。』
そう付け加えると、彼はキザ、ねぇ、と反復して、声をたてて肩を揺らして笑った。
『どうした?』
そう聞くと、彼はなんでもない、と言って少し下を向いて、もう一度笑った。
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