『事実なわけだろ?それは』

彼は、そう言ったのだ。その言葉が、自分を支えてきた。








席替えをしたその日、隣になった男を見て、あぁ、あまりよろしくないな、と思った。

客観的に見れば、窓側の席で、人通りが少なくてしかも後ろの席。教師からノートの中身を覗かれることもなければ、黒板を注視していないことを咎められることの少ない席。
なかなかいい席だ。

きっと、隣の席の男にもそうに違いない。

彼が、特筆して自分と仲が悪いとか折り合いが合わないとかそういった問題ではなく、そういった面では彼は、一般的に見て人当たりのいい男で、それは自分にとってもそうで、ちょっと教科書を忘れた時なんかには見せて、と一言言えば、快くいいよ、と言ってくれて、もし教師に当てられたりなんかしたら、快く答えを教えてくれるタイプの人間だった。

彼は頭のいい方だったし、忘れ物、提出物の面からは非の打ち所のないと言っていいほどの優等生で、どちらかと言えば一般的な自分とは少し違うところがあった。

問題は、そこにあるのではなかった。

優等生を鼻にかけることのもなく、人当たりのいい彼の周囲には人が集まった。

昼食の時間になれば、彼を慕う、彼の友人が弁当を持って彼の周囲に自然と集まる。彼はそういった中心的な存在だった。

自分にとって不都合なのはそこだった。

弁当をわざわざ狭いスペースに集まって、排他的な空間をつくりあげて食べることに意義を見出せない自分としては、そのような排他的な空間が自分のすぐとなりに出来て、しかも「邪魔」としてみられることが我慢ならなかった。

それは、認めたくはなかったが、昼ごはんを一緒に食べる人たちを自分が羨ましいと思って妬んでいることの裏返しなのか、自分が多少、異質だとして疎まれていることをわざわざ眼前につきつけられることがつらいのか、判然とはしなかったが、それが好ましくないことは確かだった。

ひとりで学食にこれから通うのも悪くないかもしれない、と限られた財布の中身に思いをはせる。

そんなことを思いながら、机の中から次の授業の教科書とノートをだしながら、ちらりと隣を盗み見る。

教科書の間に資料を挟んでおく自分とは違い、ファイルに分類してしっかりと資料を閉まっておくタイプらしい。授業で使う資料のプリントを出して、すぐに見れる机の位置においているところだった。

彼の真面目な性格を裏切るように、彼の髪の毛の色は明るい。

自由な校風なために、厳しく取り締まられることはないが、古参の教師からは厳しい目で咎められるその髪を彼はへらりと笑って地毛です、と言い張っていた。

いわゆるプリンになっているその髪の毛が地毛なはずがないのだが、校則で禁止されているかと聞かれると否で、それ以上厳しくすることも、彼の生活態度を鑑みても、必要はないわけで、彼の髪の色は月に一度ほど注意される程度であった。

彼の様子を見ていると、彼が不意にこちらを見た。

まずい、と少しだけ思うが、慌てて視線をそらす、というのもおかしい気がして少し迷って、軽く会釈をする。
それに彼はあの独特のへらり、とした笑みを浮かべて口を開いた。

「よろしくね、滝川くん。」



PREV(3/7)NEXT