*   *   *

『もうこれ以上巻き込みたくないんだ』
 そう、あいつが言ったのだと、桂は言った。
 人を傷つけることも、友を裏切ることもいとわない、そういったあいつが言ったのだとはにわかには信じがたい話ではあった。
「何が悪かったのだろうか。」
 そう言ってうつむいた桂は運ばれてきたお茶を口元に運んだ。
そうやって口元が湯呑に隠れてしまうと、目元は笠で影になってしまっているために、表情が全く見えなくなってしまう。
 でも、きっとこの男なら仏頂面ですましたまま、お茶を飲んでいるのだろうと、想像がついた。
 あいつは、どんな顔をしていただろうか。
 遠い、遠い記憶に紗がかかったようになって、あいつの顔が思い出せなかった。
 運ばれてきた団子を口の中に押し込んで、お茶で流し込む。
「ねぇちゃん、つけといて、」
 そういうと、はいはい、と楽しそうに笑う声が聞こえた。
 見上げた空が突き抜けるように青く、高い所に薄く雲がかかっていた。
「あぁ、秋だな…」
 呟くように言うと、あぁ、と短い返事が、少し低いところから帰った。

 新八の家の近くに行くと、黒い制服が門の前に立っているのが見えた。
「何の用?大串君?」
 ふざけて声をかけると、彼はこちらに鋭い目を向けて、紫煙を吐いた。
「……いるんだろう、あいつが。」
一瞬、あいつって誰だとすっとぼけてやろうかと思ったが、今はそんな気分ではなかったので、あぁ、と短く一言答えた。
「……落ち着いてきたんだ、やっと。変なことは言うんじゃねぇぞ。」
 そう言いながら門をくぐる。
「お前は、……取り調べではしらばっくれてやがったが、何か、何か知ってるんだろう?」
確信を持ってかけられた言葉に、さぁな、すっとぼけた。
「知っていたとしても、お前には関係のないことだ。」
冷たく言い放つと、それ以上の言及はなかった。

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