巡る、巡る

時にはゆっくりと、時には通り過ぎたことすら気付かないほどはやく、でも確実に季節は巡る。


秋になれば、上だか下だかわからなくなってしまいそうなくらい鮮やかな金色に染まる大銀杏の下で、地面を覆う落ち葉の所為でつるつる滑る足場に四苦八苦しながら追いかけっこをした。
最終的に君はこけて膝小僧を飛び出した銀杏の木の根っこでこれでもかってくらいにぶつけて、泣き虫だった君は手に負えないくらい泣きだして、いつもは泣き虫のくせに傲慢で意地っ張りな君が泣いてることに僕はとても困って君と一緒に泣いた。
せんせいは一緒に泣いている僕たちを見つけ出して困った子ですね、と笑った。
君は忘れろっていうけど僕は忘れない。
君が吃驚して目を見開いて顔をくしゃくしゃに歪めて泣きだすまでの瞬間をコマ送りみたいに思いだせるんだ。

冬は曇り空を見上げては雪が降らないかな、なんて呟いて、雪がちらつくと稽古そっちのけで走りだして追いかけた僕も一緒にせんせいのげんこつをもらった。
稽古が終る前もそわそわして外が気になる僕らに先生は苦笑いしていってらっしゃい、といってくれた。
ひらり、ひらりと舞い落ちる雪の粒が音を奪って世界を白く塗り替えてるみたいで、僕がこれで世界が終るっていったら信じるよ、というと君はちょっと怒ったみたいにそっぽを向いて終わらないよ、と語尾を荒くしていった。なんで、と聞く俺に君はじぶんがなにもやってないうちに死ぬわけがない、といった。
妙な自信に笑うとともに僕は少し安心して、そっか、と返した。
翌朝銀色の地面がきらきらと朝日を跳ね返す姿にどきどきして、君もみてるだろうか、と僕は君のもとへと走った。
大きな雪だるまを作るんだ、なんていって君が荒らした銀の世界に僕はちょっとがっかりしたけどすぐに僕は大きな雪だるまに熱中した。
すっかり指の感覚が亡くなったまませんせいのところにいくとせんせいはぼくらに温石を用意して待っていてくれた。
真っ赤になった指をあの子は馬鹿にしたけど、大きな雪だるまには興味があるみたいだった。
見せてあげる、と言って午後に雪だるまを見に行くと、大きかった雪だるまは溶けて形を失いかけていた。

みたかった、と口をとがらせるあの子に僕はまた、降ったら一緒に作ろうといってから隣にいた君の顔をうかがった。
また、泣いてしまうのではないか、と思ったけど君は唇をかみしめて溶けた雪だるまをじっと見ていた。

春になるころ、もうひとり仲間が増えた。
銀色の綺麗な髪をした男の子。赤い目が綺麗だ、というと君は不機嫌そうにそっぽを向いた。

桜が咲く季節。

風が吹くと幸せのかたまりみたいな木が揺れてひらり、ひらりとしあわせのかけらを手放していった。
風にひらひらと舞う桜の花びらのうちのひとつを地面につく前につかむと願い事が叶うんだって、といったおにいさんの言葉を信じて僕たちは桜の下で風に遊ばれるようにてんてこまいに踊った。
やっと掴んだ花弁を握りしめてせんせいに見せるために走って。
せんせいの前で掌を開くと綺麗だった花弁はしわくちゃになってしまっていた。
せんせいはその花弁を見て、押し花にしましょうね、と言って懐紙中に押しのばす様にたたみこんでその懐紙を教科書に挟み込んでくれた。
桜の花びらの下で踊る遊びは桜が散ってなくなってしまうまで続いて、願い事ひとつ、の効力が薄く感じられてしまうほどだった。
その中でひとつ、丁寧にのばされた花びらはいつまでも僕の本の間に挟まって、願い事もなにもかも特別だった。

夏がきたら、近所の小川に遊びに行く。
危ないから、なんて言葉を無視してそっと透明な流れの中に裾をまくりあげて足をつけた。
ついつい楽しくなって君に水をかけると生真面目な君は僕が思っていたよりも真剣に怒って、なんでそんなに本気になるんだ!と思った僕と一緒に川の中でつかみ合いの喧嘩をして溺れてるのと間違えた大人の人に引きはがされた。
傷だらけで、水浸しで。おまけにせんせいのこわいかおの説教と拳骨付きで、さんざんだ、とかいいながら僕たちはまた川に遊びに行った。

また、秋が来る。

その訪れを告げるように金木犀の花が甘い芳香を放って咲き誇る。
地面に落ちた花を両手いっぱいに抱えて匂いをかぐと、咽かえるようなその香りに吐き気がした。

木々の葉が青青しさを失って色づいていく。

時は変化を刻む。

刻一刻と変わっていく世界は、僕らを置き去りにしていく。

照りつけるような日差しの中で漂うのは腐敗臭。
気味に染まる夕焼けに、ちゃいろいいびつな形のくびがぽつねんと浮かび上がる。

その光景は暗示のようにぼくらを突き動かした。

季節とは別に僕らははしりぬけた。

足場を悪くする銀杏の落ち葉を僕らは避けて、手が悴んで刀がもてなくなる冬は着物にしみ込んで体の芯から震え上がらせる雪を忌避した。何もかもの動きが活発になる春はあまり好かず、じっとりと汗をかく夏は気持ち悪かった。
でも、僕は決して季節が嫌いになったわけではなかった。
その中で、君は立ち止って季節に耳を澄ませていた。
綺麗だ、と君がいって殺伐とした戦場に場違いな三味線なんてものを持ち込んで歌った。
時々洒落こんで歌なんてよんで。
君が、教えてくれたから。君が、そばにいてくれたから。

僕らの居場所は必然として、裏切りに呑まれて足元から崩れさる。
壊れて行く君は僕に金木犀の花のことも喋らなかった。
もうやめよう、という僕の手を、君は振り払った。


なぜ、僕はそれでも君の側にいようと思わなかったのだろうか。

僕がいたなら君を救えたかもしれない、と思うことがひどく傲慢な考え方だということは僕が一番よくわかっている。

それでも、そうおもわずには居られなかった。

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