「第三音楽室の亡霊?」

机の上に身を乗り出す様にして伊月の耳に囁きかけるようにして言ったクラスメイトを片手で払って、顔をしかめながら、伊月は耳に吹き込まれた言葉を鸚鵡返しにした。伊月はクールだなぁ、とからからと笑ってから彼は神妙な顔をして、伊月に再び詰め寄った。

「そう、夜な夜なぽーんぽーんってピアノの音が聞こえてくるんだとよ。それで、来栖が来なくなっただろ?あいつ、ピアノ上手かったじゃん、来栖の亡霊じゃねぇかって、噂なんだ。」

近い顔に顔をしかめながら、声のトーンをワントーン下げる。

「…凛は、死んでねぇし、化けて出るようなやつでもねぇよ。聞き間違いじゃねぇの?」

「…俺もそんなこと思ってねぇって!ほら、でも実際に噂になってるんだって!…実際、窓も開いてないのに、椅子が濡れてるんだとよ、ぐっしょり、ぐっしょりだぜ?日に日にひどくなって、先生方が怒ってるってはなしだぜ。」

伊月の目にちらつく怒りに慌てて弁解するように手を振る友人を睨みつけながら、伊月は口をとがらせた。

「…それと、凛は関係ないと思うけど。」

そういう伊月に、彼は少し申し訳なさそうに、口を開く。

「…それが、な、聞こえてくるメロディが、あの曲らしいんだ…、ほら、あいつが好きだった曲…」

「…」

口の端からこぼれるように呟いた曲名に、それ、と彼は言った。








『どの曲がいい?』

穏やかな声が、耳に心地よい。そんなことを思いながら、どれでもいいよ、と答える。

『伊月はいつもそれだね。…僕の好きな曲にしちゃうよ。』

腕まくりして、楽しそうに言う彼に、俺はそれでいいよ、という。
お前の好きな曲は、俺の好きな曲だから。

楽しそうに構えて、自分の奏でる音を聞きながら、鍵盤の上で指が躍る。

曲も勿論好きだけど、それ以上に、お前が楽しい曲がいい。

楽しそうなお前が好きだ、なんて一生、言わないけど、ね。








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