歌うピアノの5月

冷たい、冷たい、月光が差し込む。

耳に残る旋律を、ゆっくり、ゆっくりと、指で追う。


響く音は、同じはずなのに、


どうしてこんなに違うんだろう。


ぱたり、ぱたり、と涙が頬を伝う。


なぜ、なぜ、貴方はいない。





寮の食堂で出される食事を食べた後その食事に出ていたクロワッサンを二つ、紙にくるんだものと、自販機で買った牛乳を手に伊月は部屋に帰った。木製の木枠の向こうから白いレースを透かして朝日が差し込む。その光に目を眇めながら、その部屋でずっといたらしいルームメイトがカーラーを止めているのをみて、首をかしげる。

「的場、お前朝飯食べねぇの?」

「朝は、あまり食欲がないもので。」

当たり障りなく、のお手本のように少し困った表情で微笑んで的場が答える。それに納得したようにうなずいてから、伊月はしんなりと眉をひそめる。

「…ふぅん。でも、朝食わねえと力でねぇぜ。ほら、俺の分に取ってきたクロワッサンだけど、ひとつやるよ。」

そう言いながら伊月は手元にあった新品の紙ナプキンす、と広げて腕の中のクロワッサンを一つつまみあげて差し出した。

「結構ですよ。葛城君が食べてください。」

手を突き出して、はっきりといらないと答える的場に伊月は口をへの字に曲げる。

「…つべこべいわねぇで食っとけよ。気持ち悪いって言うならせめて牛乳くらい飲んどけよ。」

伊月は少しぶっきらぼうな声で、そう言って自分用に買ってきたパック入りの牛乳を差し出した。
その剣幕に負けてか、彼は少し迷ってその牛乳を受け取った。

「……ありがとうございます…。」

「ん、的場って色白いし、細いから心配なんだ。こう言う性分だから、ま、うっさいかもしれねぇけどあんまり気にすんな。」

素直に受け取った的場に笑いかけて、伊月は言い訳するように頭を掻きながら礼を受け取る。

「はい。」

にっこりと整った笑みにが帰ってきて、伊月はもう一度だけ、的場に笑って見せた。






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