君と出会う4月

はらはらと、桜が舞う。
まるで、永久に溶けない雪のように風に吹かれてはらはらとくるくると舞いながら花弁は地に落ちる。

何度見ても、どれだけの間見ても飽きることはない。
長く人のこころを掴んで離さないその木をもう一度だけ見て、伊月はいくらか踏みしだかれた後のある花弁の薄く積もった地面へと置かれた大きな重い荷物を担ぎあげた。

はじめは持てるかな…と楽観していた荷物だったが、行程も最後に差し掛かるにつれてその重みは肩にずっしりとのしかかる。
その重さに少し眉をひそめて、荷物分重い体を支える足を一歩踏み出した。

古びた時代を匂わせる校舎は、桜とよく合って異世界のような雰囲気を醸し出す。
伊月はまず、寮監のところに行かなくてはならない。一年の間連れ添ったルームメイトが重い病で入院して一人になってしまったのだ。
一年生が入る分と合わせて、伊月は去年は一人部屋だった同級生と同じ部屋に移ることになる。
鼾が大きいとか、妙なやつじゃなければいいが、とそうなると知ってから幾度も思ったことをもう一度こころに浮かべて、伊月は溜息を吐いた。



前の、ルームメイトは名前を来栖凛といった。
白い肌は、肌の下の血管を透かして見せて、青白い肌を余計に青白く見せた。
茶色の髪の毛は日の光にさらすと赤っぽく透けて見える。
声を押し殺すようにして笑う彼は、いつでも儚げに見えた。
凛はもともと体が丈夫な方ではなく、体育の時間はいつも木陰で休んで、見学をしていた。
初等部の頃はそんな彼をよく思わない子供が多く、彼はいつもいじめのまとになっていた。初等部から寮に入っていた子たちにしたら、もしかすると毎日のように早引けする彼を迎えに来る母親がうらやましかったのだろう、と伊月は思っていた。

彼は、ピアノがうまかった。

初等部の頃からピアノを習っていて、習った曲を数ある音楽室のうちの一つで放課後になると伊月にいつも弾いて聞かせてくれた。
伊月はそれを窓の近くにある椅子に腰かけてたった一人の観客になって聞くのが大好きだった。

あの、音楽室で、あの、夕焼けに染まる日差しの中で、伊月はもうあのピアノを聞くことはない。

見舞いに行ったときに、伊月は彼に病の名前を聞くことはなかったが、彼はひどくやつれていた。
凛の両親は自分に今までありがとう、と丁寧に頭を下げた。

凛は、もうここに戻ってくることはないのだろう、と伊月はきれいにデザインされたガラスの向こうに見えるピアノを見て、そう思った。




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