校庭に植えられた大きな木の名前を伊月は知らなかったが、伊月はその恩恵にもその被害にもたびたびあっていて、その木のことはよく知っていた。
その木は秋になると葉をすべて落としてその不思議と法則性をもって伸びる枝をむき出しにする。ひらりひらりと落ちて行く葉は赤く、あるいは黄色く色づいていて伊月がいる閉鎖空間に秋の到来を告げる。枯れて落ちる葉は何とも言えない芳香であたりを覆うのだが、その葉は一度雨が降ったりすると踏みしだかれたりして見えたものではない姿へと変貌する。
そうなる前に大きな使い古された竹箒をもって道を掃くのが一種の校内行事になっていた。ところどころささくれ立った竹箒を手にして、伊月は秋の到来をいつも実感を持って知るのだった。
こんなに葉を蓄えていたのか、といっそ感嘆するほどに降る木の葉を窓のそのに見ながら伊月は手元の携帯電話を弄っていた
伊月の祖父の世代から存在するこの高校は知る人ぞ知る名門寄宿学校だ。創設されたときに建てられて、少しづつ手直しを加えられながらその姿をそのままに保って大切に大切に受け継がれている校舎のある風景は、時間をまきもどしたよう、というよりもそのまま時間を止めて朽ちて行こうとしているように思われる世界だった。
夕焼けに赤く色づいてまるで別世界になったかのような姿はより一層この校舎の姿を異質なものへと変える。
伊月は、隣でずっと静かに本をめくり続ける友人を小さな携帯画面を透かすようにして盗み見た。
長く黒い髪を夕焼けに染めてオレンヂ色の紙を繰る、片目を野暮ったい髪と眼帯で隠した青年の名を、的場静司といった。
その夕焼けに溶け入りそうというよりも、その夕焼けが連れてくる漆黒の世界と一体化してこの世ではない世界に行ってしまって帰ってこないのではないかと非現実的な妄想をしてしまうほどに、この閉鎖的な学校の雰囲気と相まって彼は不可思議な存在だった。

『私には、この世ならざるものが見えるんです。』

そういった彼の言葉を鵜呑みにするわけではないが、彼の周囲では自然現象としては片付かない問題がよく起こった。

――的場は祟る。

そう言って同級生も、上級生も、今年入ってきた一年生ですら彼には近寄ろうとしない。
なぜかずっとそばにいる自分も同室であるという理由抜きには彼に近づくことすらなかっただろう、と思っている。



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