哀切。胸を裂かれるようなとか、言い方は色々、あるだろう。
しかし、今の自分の気分は(そう、気分だ。感情ではない。雨が降っているという天気よりも、その時の気温をあらわしているのに近い。)そう表現するに相応しくない気がする。だからどうやって表現するのかと考え出すと中々に難しい。
そう考えながら、ああ、もう言葉にする必要がないのだ、と思い出した。
そうすると不思議なもので、そうやって話すことのできた相手と決別したことに対して哀しみに近かった気分が、段段と怒りに近いものへと変わっていく。
怒りというのはどうだろう。不満に近いかもしれない。
つらつらと思いを巡らせながら、つまらない別れをした、とひとつ後悔をした。

彼との出会いはきっと、得難いものだっただろう。凝り固まった考え方や価値観の中で埋もれて、それを是正しようとは思わなかった人生を、まるで、横っ面を叩くと言うよりも、高出力の電子砲のような極めて凶暴な科学兵器で吹き飛ばす勢いで捻じ曲げたのが彼だった。
捻じ曲げられた当初は別として、彼と決別した今も、自分は彼との出会いを後悔してはいない。己の十分の一も生きていない若造に、と思ったのは最初だけだった。
随分、遅くなったけれど、自分の為に彼が生まれてきて良かったと、思いまでした。
ただひとつ不満があったとすれば、その彼は誰に対してでも、「そう」だったということだろうか。

サリヴァンは自分の手を改めて見る。とても小さな手。幼児の椛のような手というのがきっと相応しい。サリヴァンはかれこれ2000年近く生きているがずっと容姿はこのままだ。それが、白氏という一族の特徴だった。正確には種族の名前なのだが白氏を誰も白氏種とは言わない。長命な一族ではあるが、種族として有名でもない。歴史の闇に政治の裏側に現れる幻の一族、白氏族。それがサリヴァンの一族だった。
白氏族の人間には心を読むというには生温い、人間の心を意のままに操る能力が携わっている。全てではないが、携わっていないものを白氏とはサリヴァンは呼ばなかった。
そして、その能力値が高い者ほど幼くして成長を止め、そのままの姿で長命、というのが白氏族だ。だから、幼児に近い容姿をしているサリヴァンは非常に長くいきているし、能力値が非常に高い。

しかし、サリヴァンは他の白氏族のように権力や、短命種たちを虫のように殺す遊びには興味がなかったし、憐れな短命種を導いてやろうという使命感にも欠けていた。
長命な白氏族は総じて残虐性が高かった。それは、特権意識と、それを裏付ける能力値のせいでもあるだろう。サリヴァンにはその残虐性は無かったが、積極的な関わりを持とうとしなかっただけで、他の白氏たちが短命種たちを遊びついでに殺したり愉しんで虐殺する事を当然だと思っていたのだから、サリヴァンもあまり他の白氏族と代わりは無い。
それに、サリヴァンは白氏族の未来にも興味は無かった。能力値の高い白氏族は子供が成せる肉体に成長することはない。よって、子供を成せるのは能力値の低い白氏だった。そうして白氏族が弱体化していくのは明らかで、その白氏族に拘る長老たちがサリヴァンには馬鹿馬鹿しく見えたのだ。

もしかすると、能力が高い割に異端めいた容姿をしているのも原因の一つかもしれない。
白氏族は大抵、白くて癖のあるふわふわの髪の毛をしている。そして、夕陽のようなオレンジ色の目を持っている。
なのに、サリヴァンの髪の毛は白と言うよりは銀に近く、まっすぐに伸びていて、目の色は青い色をしていた。
それ故に白氏族はとして見られずに、悔しくてコンタクトを入れたことも髪の毛を巻いてみたりしたこともある。だけれど結局は虚しさは同じで、その能力を一族に認められるようになった頃にはサリヴァンは一族として生きることにすっかり飽いていた。

その、サリヴァンを変えたのが、マリリアード・リリエンスールという、一度は滅びた国、ラフェールの王子だった。
変えた、と言うのは必ずしも良い意味ではない。
超能力の一族であるという特権意識で足元を掬われることなどないと油断しきった白氏族の寝首を掻くような鋭さで出現したのが彼だった。
白氏族はマリリアードとO2の出現で、変わらざる得なかったが、それの影響を白氏族から少し離れたところにいたサリヴァンも被らざる得なかった、というのが真相かもしれない。

そして、サリヴァンはマリリアードと決別した今も、彼と出会えたことを僥倖だと思っている。

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