「お願いがあります」
「君が、私に、か」
「そうです」
いつになく真剣な様子にサリヴァンは姿勢を正した。そして、客人の為にハーブティーを用意しようとしていた手を止めた。
出会ってから今まで、彼と自分の関係に利害が絡んできたことはなかった。
白氏は歴史の裏側でひっそりという分には幾分か凶悪な面や影響力を持っていたが、誰に知られるとも無く生きてきた。だから、白氏族に生まれたならば、白氏のコミュニティからは逃れがたい。
白氏にとって、一族の中が唯一の世界であったし、そこで認められることだけが名誉だった。他の短命種の評価というものは白氏にとって意味のないものだ、といえば仕方のないことかもしれなかった。
白氏族の意向は大抵、能力の高い長命な元老と呼ばれる者たちが決めている。その決定には一族の者は従わなければならなかった。
サリヴァンは白氏の多分に漏れず、白氏のコミュニティからは逃れようは無かったが、5指にはいる程の能力をもって、元老と並ぶほどに長命なサリヴァンは元老に入っては居ないし、誰に対して影響力を行使しなかった代わりに元老の意思の束縛を受けて居なかった。
そのせいで、ラフェールと白氏の仲が険悪になっていく中でマリリアードとの関係を続けていくことが出来た。
サリヴァンはマリリアードの情報を元老に渡すつもりはなかったし、それなりに影響力のあるサリヴァンを直接的に利用することなど無かった。
そのマリリアードが、自分に何を言おうとしているのか。
サリヴァンは、少し待て、と言ってからハーブティーを入れ始めた。マリリアードはわかりました、と返事をしてから、来客用のソファーに腰をかけた。

マリリアードがサリヴァンに告げたのは別れだった。

マリリアードの話をすべて聞いて、サリヴァンは視線を伏せた。いれたハーブティーはとっくになくなっていた。
仕方のないことだと、理性的なサリヴァンは納得していた。門外漢であるサリヴァンはなんとなくでしか把握していないが、マリリアードが代表するラフェール人とサリヴァンが属する白氏は非常に仲が悪い。
ラフェール人は生まれついての外交官である、と言われている。調停の場にラフェール人が居ると、双方の意思をエンパスで感じ取ることのできるラフェール人は緩衝役になる。そんなラフェール人と歴史を裏から操る白氏が仲が悪かったとして、何の不思議もない。
そう、何の不思議もないのだ。
今まで、なんとか表面上友好を保っていたのが不思議なくらいであったかもしれない。
「貴方は、白氏をやめられない」
黒い髪の異端のラフェール人は、青い目をした異端の白氏にそう言った。
「お前も、ラフェールの王子をやめられない」
サリヴァンは言った。それを肯定するようにマリリアードは微笑んだ。
認めてくれなかった集団を、憎めばいい、捨てればいい、という単純な問題ではないのだとふたりとも十分すぎるほどに知っていた。
権力に興味も何もないサリヴァンだが、他の白氏に泣き付かれれば彼らを助ける。自分の能力でそれをできると知っているから、可能な限りそれをするのはやぶさかでないと、サリヴァンは思っていた。
そのところについて、自分の命1つでどれだけのものに抗えるかと言うような生き方をするマリリアードとは考えを異にしていたが、それでもサリヴァンとマリリアードは友人関係を続けていた。
しかし、それもここまでだと、サリヴァンは今まで知っていたことを改めてつきつけられたことに対して、少しの脱力感と、悲しみを覚えながらため息をついた。

「貴方に会えたことを、光栄に思います」
マリリアードが手を差し出した。それを少し困惑して見つめる。
テレパスを持つ人間にとって、手を触れ合わせるということは大きな意味を持つ。どんなに覆い隠そうとも接触させることによって、大きな情報が行き来してしまう。
出会ってからずっと、マリリアードとサリヴァンは能力による接触をしたことがなかった。それが二人のルールだった。
サリヴァンは躊躇いがちにゆっくりと右手を出した。長い袖をまくり上げると小さな手が現れる。
マリリアードの手は優美でありながら大きな、戦うものの手をしている。
その手をサリヴァンは手で握った。マリリアードの大きな手がサリヴァンの小さな手を包むようにして握り返した。握手というには大きさに差がありすぎて、不恰好だった。
触れ合った手のひらからマリリアードの精神波が流れこんでくる。会話で受ける印象と同じ、暖かでおおらかな、海のような心。
そっと、手が離れていって、その波も去っていく。それが、少し惜しいと感じられた。
「マリリアード」
「はい」
マリリアードは穏やかに笑う。
「どうか、健やかで」
彼は優しげな笑みを深くした。

それが、サリヴァンがマリリアードを見た最後だった。

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