花というのは不思議なもので、緑の植物と同じ形であっても、その色を少し変えるだけで随分と優美な印象になる。
どれほどの生き物がその色を認識し、美しいと思っているのかは知らないが、花達が自分でその姿を選んだとすれば、なんとナルシスティックな生き物だろうか、と思わずには居られない。
その、色とりどりの切花が束ねられている様子は、やがて枯れるという運命を差し引いて、とても美しかった。
赤から、ピンク、オレンジにブルー。様々な一つ一つが優美な花をかすみのような白の花が彩る。そこに、尖ったグリーンの葉がアクセントを加えて、その花束は一つのアートとして成り立っていた。

更に加えれば、その大きな花束を抱えている人物の方もまた、特徴的だった。
身長はかなり低い。ぱっと見では、人間が歩いているのではなく、花束が歩いているのか、と思うほどの身長で、背の高い人間の腰ほどの高さだった。
布地をたっぷりと垂らした服と相俟って、花束と一体化して見える、という一面もあるだろう。
しかし、一度その花束を持っている人物を見ると、印象の主従は逆転する。その変化は不可逆で、一度その持ち主に目を奪われると、その花束が引き立て役でしかないことがわかる。
花束の持ち主は、銀髪碧眼の美少年だった。
年頃は8歳程度。幼い容姿に反して、それとわかる高貴さを身に着けている為に、子供だ、という侮りを抱かせない。カーマイン基地の軍病院にも、少年のような容姿の頼れる内科主任が居たが、その美少年の印象はその内科主任のものとは大きく違った。
泰然とした風格に、人の上に立つもの特有の風格。身に着けている何処かの民族衣装のような長い生地の衣服が更にそれを引き立てる。真っ直ぐな銀の髪はもみあげの部分で分けて垂らされ、美しい模様の施された髪留めで左右別々に留められており、残る部分はなでつけるようにして後ろに全て垂らされている。
後ろに垂らされた髪の毛は綺麗に切り揃えられ、歩く度に揺れてキラキラと光りを弾く。それが、神秘的な印象を見るものに与えていた。
その少年は、カーマイン基地の軍病院に入ると、他に目もくれずに真っ直ぐに受付に向かう。非常に目立つ容姿である彼が歩いても来院している人間も、セキュリティの人間でさえ気に求めずに素通りしていくのが不可思議だった。
見舞い客の案内をしている女性は、その少年に声をかけられるまでその姿に気づかなかった。
「ドクターに面会を申し入れたい」
少年はそう言った。
女性は、少年の言葉に一瞬困惑し、そして、何事もなかったかのようにその言葉を受け入れる。
「はい、此処にお名前と、IDカードの提示をお願いします」
女性の言葉に従って、彼は名前を書くボードを受け取ると、花束を持ったままの姿勢でサインをして、IDカードを渡した。
それを受け取った女性はなんでもない事のようにして事務的に処理をして、来客者証明を発行する。
それは、どう見ても子供にしか見えない少年に対する反応として、不可思議だったが、それを指摘する人間は誰一人として居なかった。
IDカードと来客証明を受け取った少年は、ありがとう、と一言いうとさっさと歩き始める。
此処に来て少年は案内の類を一切見ていないし、会いたいというドクターの場所すら誰かに聞いた様子もなかった。



内科まで真っ直ぐに、誰の制止も受けずにやってきた少年はその部屋の前で立ち止まる。そして、少しだけ考えるようにして顎に手をやって、首をかしげた。その様子は作りの良い人形がポーズをとっているようにも見える。
少年はそのまま、目線の高さに近い位置にあるドアノブに手をかけようとして、ためらって、最終的にそのドアをノックした。
「はい」
中から少年の声がする。その声に花束を持った少年は微笑むと、「私だ」と言った。
扉の中でものの崩れる音が盛大にして、ばたばたっと慌ててドアまで何かが走ってくる。
そして、内側からドアが開き、白い巻き毛にオレンジの目の美少年、もとい、内科主任のカジャ・ニザリ中佐が現れた。
カジャは、花束を抱えた人物を見て絶句して、口をぱくぱくと開閉させる。
それを楽しそうに見ながら美少年は優雅に微笑んで、カジャに花束を差し出した。
「土産だ、受け取れ」
横柄な口調だったが、その端々から慈愛が滲んでいた。


「久しいな。少し、忙しいのか。しかし、元気そうで何よりだ」
「サリヴァンさま、なんで、こんな、」
「カジャの顔を見に来たんだ。私は暇だからな」
ふっと微笑んだサリヴァンにカジャは花束を受け取りながら未だに動揺を抑えられていない。
「こんなところまで居らっしゃらなくても、」
「カジャは忙しいのだろう?なら私が会いに来るのが筋だ」
そう言って微笑むサリヴァンをカジャは部屋の中に招き入れようとして、戸惑う。部屋が散らかっている、というのもあったがそれ以外にも問題があった。
「カジャ?どちら様ですか?」
そう、カジャに呼びかけたのは打ち合わせと休憩を兼ねて訪れていた外科主任のサラディン・アラムートだった。
内科主任と親しい(?)外科主任は内科主任のただならぬ様子に顔を顰める。
「……あの、」
歯切れの悪い内科主任に、しびれを切らして立ち上がった美貌の外科主任は来客者を見て、その容姿に目を見開いた。サラディンの姿を見て少し驚いたのはサリヴァンの方も同じだった。
「カジャの親族にあたる、サリヴァン・テルミニという」
「親族、というと、白氏の」
「そうだ」
サリヴァンの答えに、サラディンはサリヴァンという人物もカジャと同じに地球人的な見た目通りの年齢ではないのだ、と気づいた。そして、カジャの反応からして227歳であるサラディンと同じかそれ以上の年長者である可能性にも気づく。
「外科主任をしています、サラディン・アラムートです。カジャとは友人としてお付き合いをさせていただいています」
悪友に近い存在であったが、カジャの反応から見てサラディンはカジャの顔を立てておくほうを選ぶ。
「友人か。中々素敵な響きだな、カジャ」
微笑みかけられてどうしていいかわからない様子のカジャが曖昧に頷く。
「忙しかったのなら、また後で会いに来るから、今日は此処で退散するとしようか」
「いえ、そういう、」
「打ち合わせの途中だったのだろう。邪魔をして悪かったな」

確かに、打ち合わせの途中であったが、それをサリヴァンが知っているのは不可思議だったし、サラディンはこの訪問者に多少興味があった。
「問題ありませんよ。大した話ではありませんでしたので。宜しければご一緒にどうですか?焼き菓子と、味は保証出来ませんが飲み物もあります」
「カジャ、大丈夫か?」
「あ、はい、」
しどろもどろであるが、返事をしたカジャの顔を見ながら一つ頷いて、サリヴァンはサラディンに向き直った。
「では、少しお邪魔させていただこう。あまり気は使わないでくれ」
銀髪の美少年は優雅に微笑んだ。

PREV(2/5)NEXT