近くの地区の誰かが、おかしな病にかかった、と聞いたのはその日の朝だった。腹が膨れて、黄疸がひどい、とか、人伝えで聞く分には、よくある寄生虫か何かに思えて、サリヴァンはさほど気にしなかった。近くの地区ではあったが、寄生虫なら十分防御できる距離に、サリヴァンの住んでいる場所はあったからだった。
自体が急変したのは、その病人が死んだ時だった。いや、正しくはそこから地獄が始まったと言えるだろうか。
病人が、突然にふらふらとゾンビのように歩き出して、内部から破裂するようにして、血と一緒に内臓をまき散らして死んだらしい。そして、それを聞いた数時間後、その場に居た全員が、死んだ病人と同じ症状をまもなく発症した。
夕日が赤く、不吉に見えた。いつもなら、綺麗に見えるはずなのに。廃墟のようなゴミの街で、夕日だけは、綺麗に見えたはずなのに。
それを見ながら、サリヴァンは自分の後ろに人が一人立ったのを感じた。
「呼び出して悪い」
「いいんです。貴方のお願いなら」
男の声が帰った。サリヴァンが此処にこの男を呼んだのは、伝え聞いた情報を確実にするためだった。
サリヴァンには、情報をもたらしてくれる人間が居て、それが彼だった。サリヴァンに、初めの病人が罹患した原因になると思われるものを突き止めて、メモを1つ渡した。最初の病人が発症した日の、夕方のことだった。
古びた紙に、泥水に近いインクで、拙い筆跡でマークが1つ書き込まれていて、その後ろに、文字を知らない人間の手で、何か字が刻んであった。曰く、何か、その人間は瓶を拾いそれを割ったらしい。伝え聞く分で、その瓶に書かれていたマークがこれだ、とその人間は言った。
そのマークを見た時、サリヴァンの背中を、嫌な汗が滑り落ちるのを感じて、渡した人間の腹が膨れていないか、咄嗟に確認をした。伊月は、そのマークの意味を知っていた。
痩せぎすの彼は、痩せぎすのままで、それに1つ息を落ちつけたサリヴァンは、なんでもない顔を作って、これの情報が何処まで回っているのかその人間に聞いた。
男は、まだ、議会にも行っていない、と答えた。それにありがとう、と言ってサリヴァンはその男に謝礼を渡す。彼が欲しいものは決まって本で、サリヴァンは読み終わった本をその男に押し付ける。ありがとう、と笑った男に、サリヴァンは何か言おうとして、口を噤んだ。言うべきでない、と思った。男の気配が消えると、サリヴァンはすぐに走り出す。一刻も早く、クロロに会うべきだった。
アジトに帰ったサリヴァンを迎えたのは、サリヴァンが危惧していた地獄だった。
黄疸を発症した子供が、幾人か居て、寝ていた。血を浴びたか、と、サリヴァンは近くに居たなんともない人間を捕まえて聞いた。
口元を布で覆ったその少年は、顔を顰めると、この近くで、感染を恐れた人たちに追われてきた人間が、血を噴いて死んだのだといった。
どれくらいが、その血に触れたか、と聞くと、血に濡れた子を洗うために数人が更に触れた、と少年は言った。
「ねぇ、どうしよう、どうしたら良い?」
サリヴァンの存在に気づいた子供が、真っ青になって腹の膨れた子供に縋り付きながら聞いた。
サリヴァンは、狼狽えた。しかし、それを面に出さないようにしながら、わからない、と答えた。
「どうしよう、死んじゃう、」
悲鳴のような声で、少女が叫んだ。確かにそれは悲鳴だったのだろう。それを聞きながら、サリヴァンは顔を顰める。
「議会に、医師を派遣してもらえるように、頼みに行く」
いいから、ここで待ってろ、と言いながら、サリヴァンは先ほどの少年に、クロロは何処だ、と聞いた。
「クロロなら、いつもの場所に行くって言ってたけど」
ありがとう、と聞いてサリヴァンは逃げるようにアジトを抜けだして、クロロを探すために走った。

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