藍色の髪の毛をした少年は一心不乱に手垢でぼろぼろになった書物を覗きこんでいる。顔と書物との距離が近いのは少年の必死を示している。痩せぎすの少年の傍らには支給品の剣が落ちていて、その近くでは同じ剣や、自前の剣を持った荒くれ者たちが剣を戦わせている。
この州城では正規の兵の雇用では治安維持に手が回らず、中央の目を盗んで荒くれ者たちを非正規に雇用することで軍を維持していた。
反逆の意思ありとされてはならないのであくまで秘密裏にであったが、何処の州城でも似たようなことがなされているために、公然の秘密、と言った様子である。
その中に正丁に満たない土地を持たない少年は紛れ込んで日銭を稼いでいた。本来は正丁にならないものを軍に入れたりはしないのだが、非正規の雇用はそうではない。戸籍のないものや、正丁に満たないものを入れて、帳簿に記載できないとして書類上では頭数として数えられていない、などというからくりらしい、と噂されていたがそれが本当か嘘かは酒を片手に剣を握ったゴロツキ一歩手前の男たちには分からない。
その中に混じった勉強熱心な少年を男たちは冷やかし半分に見守っている。
「おォい、そんなに勉強したッて、おまえさんは軍人でもないんだから出世も何もできねェだろうよ」
「わかってます……でも、王がたてば、変わるかもしれないじゃないですか」
絡んでくる男に真面目に返答をする少年を見つめる目は優しい。
「そうさなァ……もう何年になるか、そろそろたってもいい頃だよなァ」
男はそう言って頭を掻く。それに横から見ていた髭面の男が茶々を入れる。
「ンなこと言ッたって、ヒデェ王さまならどォすンだよ。ドッこその王さまなんて居ないほォがマシって話だぜ」
「最初から諦めてどうするんですか。あきらめずに努力しなければ、良い世になったって恵まれないのは一緒です」
「ははァ……おまいさんは毎度頭が下がるくれェに真面目だなァ」
そう言って少年の様子を見ていた男が呵呵と笑う。それを馬鹿にされたととったのか、少年はぐぐっと口を引き締めてまた書物に視線を落とした。
それから暫くして少年は眉根に皺を入れて顔をあげる。それに気づいた男がどォした?と声をかけた。
「……ここが、わからないんです、わかりますか?」
少年が本を掲げて男に見せようとするのを男は慌てたように手を顔の前で振って目をそむけた。
「おらァそういうのンはてんで駄目だ。そう云うのはアイツに聞けェ。アイツならわかるだろうから」
そう言って男はひらひらっと振った手をあさっての方向に向けた。その方を見ながら、少年は首を傾げる。
「あいつって、どなたですか?」
「ンだ、アンタ知らねェのか。朔掩って云うとんでもねく強えェ兄ちゃんだよ。オら、アソコの隅で剣砥いでるアイツだ」
男の指さした方向に少年はじっと目を凝らす。乾いた大地の上で男たちが好き勝手に剣で打ち合ったりしたりで砂煙が酷いのだ。
今年は雨が少なかった。水不足が懸念されており、軍師の一部が堤を作りに奔走したという噂だが、どれだけまともなものが出来たのか定かではない。
その先で剣を砥いでいる男を、少年は見つけることが出来た。少年はその人を見たことがあった。一度見ると記憶から消えそうにもない、男。この荒くれ者の中では随分と細身で、華奢な印象を与える容姿だが、その男が彼の三倍以上もありそうな体格の男を片腕で投げ飛ばすのを少年は目撃したことがあった。
人は見かけによらないものだ、というのがその時少年が思ったことである。
「……彼が、ですか?」
「ンだ。どごゾの師(せんせい)よりも博識だッて話だ。なァんで、ンなとこに紛れてンのか知らねェが、細ッけェとかカマくせェとかさえ言わンだら面倒見の良い兄ちゃんだ。頼りにすッといい」
首を竦めた男は、絶対云うンじゃねェぞ、と怖い顔で念を押す。彼の武功をその目で見たことのある少年は背筋を這った怖気に身体を震わせ、改めてその男を見た。
黒く長い髪を横に垂らした男は、支給されたものに少々手の加えられた薄い鎧を着ている。よくよく見ると男でしかありえないことがわかるのだが、まわりの者たちの体格が体格である分、ほっそりと見えて、結わずに垂らされた髪の毛と相まって、女が鎧を着ているようにも見える。

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