「俺、こうやって受けてるばっかだけどいいの?」
そろそろ聞いてくる頃合いではないかと思っていた。肩で息をする利広の手にはまだ包帯は巻かれているものの、潰れたりするような酷い傷はもうない。
「……他のことがしたいか?」
「そういう訳じゃないけど、強くなれてるのかな、っと思って」
強くなれたかどうか。反射速度も上がっているし、木刀の扱いにも慣れて、振り回せるだけの筋力も付いたと思う。手加減はしているものの、朔掩の撃ちこみを防げるのだからその辺の野盗の攻撃位なら軽く躱せるだろう。随分成長したものだと朔掩は思う。
だが、きっと利広が聞いているのはそういう問題ではないのだ。きちんと、このことには話しておくべきだろうと朔掩は思った。
「……少し、座って話をしよう」
朔掩はそう言って中庭においてある調度の一つである長椅子に座るように促した。木刀を持った利広はそれに従う。
長椅子に座って朔掩は手を組み合わせた。さて、なにから話すべきか、思案する。あまりこういった話には慣れない。
「俺は、お前に人を斬ったりする方法を教えるつもりはない」
「……うん」
「身を護れるようになればいいと思う」
「うん」
彼は聡いから、きっと言いたいことは理解したはずだが、まだ納得した様子はない。
一つ、ため息を吐く。そして、深く息を吸った。
「……利広は、俺に師匠はいるかと聞いたことがあったな」
「うん」
「俺の師匠は、殺し屋だった。人に頼まれて、金を積まれて人を殺すんだ。俺は、そいつから戦う方法を習った。人を殺す方法だ。武器を持った人間を、向かってくる人間を殺すのは間々あり得ることだろう。でもな、俺が習ったのはそういうのじゃない。武器を持っていようがいまいが、向かってこようが逃げようが、必ず殺す、そんな方法だ。それをお前に教えるつもりはない」
「……どうして」
聞き分けの悪い子供みたいに、知っていることを、もっと納得の行く方法で、と利広は答えを求めた。
「人を殺すことに、殺しあうことに快楽を覚える人間がいる。もちろん、そんな人間が全てではない。でも、強さを求めるとする。もっと強い奴と戦いたくなる。強さを求めて、殺しあうのと、快楽は表裏なんだよ。そんなのは要らないんだ」
独白のようになったそれを利広は黙って聞いていた。もちろん、すべての人間がそうなるわけではない。スポーツのように撃ちあってそれで満足するという方法もある。でも、朔掩はそんな方法を知らなかった。知らないことを教えられるとは朔掩は思っていなかった。不器用な説明だった。それでも、彼なりに、消化して納得してくれればいいのだが、と朔掩は思った。
「ひとつ、聞いていい?」
「どうぞ。一つと言わず聞いてやるぞ」
少しだけ茶化していう。それに笑うようなことはせずに、利広は言葉を探った。
「……朔掩は、殺し屋だったの?」
「違うよ」
「じゃあ、何をしてたの?」
「古文書の収集家。買ったり売ったりもする」
「……儲かるの?」
商売人の息子らしい質問だ、と朔掩は笑う。
「儲からないな。生活費は適当に護衛なんかして稼いだり、後援者に助けてもらったりだな」
「本が、好きなんだ」
「そういうことだな」
利広はほっと息を吐く。思わぬ方向に話が転がって、緊張していたらしい。
「そういうわけだからな。剣技が習いたいんなら他の師匠を探したほうがいいぞ」
「俺、朔掩に習いたい!」
「じゃあ、明日からは組手もやるか……結構体力もついてきたみたいだしな」
「やった!」
ぴょん、と長椅子から飛び降りるようにして利広は立ち上がって拳を握りしめた。それを眺めながら、朔掩は安堵した。彼に、拒絶されたらどうしようかと思ったのだ。
矛盾している、と思いながら朔掩は目を閉じた。

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