利広に聞いたとおりの地理情報で、朔掩は寂れた湊町に辿り着いた。いい気候の町だったが、いかんせん、陰気すぎた。どの家の窓にも格子が入ってあるか、木の板が張り付けてあったり塗りふさがれた家もある。

家出か?と聞くと少年は少し出かけただけだ、とむくれた。少しと言うには今のご時世、些か危険過ぎるとは思い、しかも杖身くらいは先に雇っておけ、と思わないでもなかった。

道中筆談をしながら利広がそれを読み上げる、ということをすると、その間に朔掩は簡単な会話ならたどたどしくではあるが、出来るようになった。



【家は何をしているんだ?】

このように寂れた湊町でも、それなりに貿易の拠点らしく、荷物を運び込む船夫を横目に利広に訊ねた。

【宿屋】

という返答に成る程な、と思いながら利広が発音した宿屋という言葉を反復する。

にしても、これだけの貿易があると見られる港にかかわらず、警備の兵はあまり見られない。代わりに民間と見られる所謂杖身のような人たちが組織だって警備をしていた。
珍しい光景だ、と朔掩は自分が飛び出してきた巧と比較しながら思った。


利広が家だと言って指し示したのは質素ながらも非常にしっかりとした宿屋だった。窓に格子ははめ込まれていたが明るい雰囲気の宿屋。入り口では利広の母であろうか、中年の女性が掃除をしていた。

かあさん、と利広が呼んだ。

するとその女性は顔をあげて、利広の姿を認めると穏和な表情が一変して般若のような形相になった。

やっぱり家出だったじゃないか、と思いつつ隣を見ると、もう少し気軽な帰還だったらしい利広の顔は未知の恐怖に引きつっていた。

店先で説教を始めた女性を横目に朔掩は所在なさげに立ち尽くした。女性が怒るのはわかる。朔掩とて自分の息子なら激怒しただろう。早すぎてこちらの言語を学び初めてまだ数時間の朔掩には内容は欠けらもわからなかったが、取り敢えず叱られておけばいいと救いを求めるかのごとく朔掩の顔を盗み見た利広に首を竦めながら、思った。

その最中に店内から青年がひょっこりと顔を出した。利広の顔を見付けるとしたり顔をしてからつかつかと近寄る。

激怒する女性を嗜めて、室内に入るようすすめる。(然程早口ではなかったので朔掩にも理解できた。)利広が自分も入るように手を引いて、彼らは初めて自分の存在に気付いたようだった。

利広が雇った杖身、と自分を紹介して、それを聞いた女性は呆れたようにため息をはいた。


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