程なくして野木は見付かった。朔掩には時間の感覚が無かったが、まだ夜は明ける様子はない。
暫くここで休もう、などと考えながらこけの生えた石の上に腰をおろす。周りを大木に囲まれた空間は湿気を多く含んでひんやりとしていた。

少し遅れてひょっこりとシダの隙間から顔を出した少年は朔掩の姿を認めると安心したようにため息を吐く。

その少年に手招きをして、隣に座るように指示した。


それに素直に従った少年は少し控えめに朔掩の隣に座ると、朔掩に向かって堰を切ったかのように喋りはじめた。

其の言葉のなかに自分の名前が時々まじって、しかも自分に向かって喋っているのだから、言葉を理解できない朔掩はどうしたものか、と困惑する。

其の様子に気付いたのか、少年は首を傾げた。

そこで朔掩ははたと自分が読み書きを出来ることを思い出す。

声に出して読むことは出来ないが文法などは完全にわかっていた。

朔掩は隣に座った少年の手をとってその手のひらを開かせる。

きれいな手だな。と朔掩は思った。

そこに筆跡を少年に見せるように朔掩は文字を書き付けた。


【私は話すことも出来ないし、聞き取ることも出来ない。海客だ。読み書きは出来るから筆談で頼む。】

ゆっくりと文字を書くと少年は少し不思議そうな顔をして、朔掩が広げた手のひらに、是、と書いた。

【先ずは私を助けてくれたことに礼を言う。ありがとう。】

少年は据わりが悪い様子で(照れたのだろう)少し身体を動かした。それにくすりと笑ってから、朔掩は少年の名前を聞いた。

漢字を聞かれたのかと思ったのか少年は気を悪くせずに朔掩の手のひらに利広、と書き付けて発音して見せた。

それを繰り返すと利広と名乗った少年はにっこりと笑って、手のひらを朔掩に差し出す。

名前を書けという意味だろうと朔掩は判断して、そこに朔掩は字を書いた。

それからそれを自分が覚えているままに発音する。利広が、朔掩、と嬉しそうに言った。

【朔掩は今まで巧にいたの?】

その質問に朔掩は小さく頷いて答える。


【朔掩はすごく強いけど剣は倭で習ったの?】

海客がやってくる世界を倭というらしい。朔掩は自分が正確には倭からやってきた海客ではない、と知っていたがあえてそれを利広に伝えることに意味はなく、是、と答えた。

【朔掩はこっちで何がする事はあるの?住みかは?】

矢継ぎ早の質問に朔掩は一括で否、と答える。
利広の顔にぱぁっと喜色が走るのを見て、今度は朔掩が居心地悪くなって少し身動ぎした。

【朔掩は僕の杖身しない?】

眉をひそめた朔掩に杖身の説明をはじめた利広に知っている、と告げる。

【うちは広いから、住めばいいし、言葉も教えるから!】


やはりそれなりの家の子か、と思いながら朔掩は悪くないな、と思う。この先何年あるのかはわからないが筆談だけでは流石に厳しい。そしてこちらの(朔掩が知っている世界よりも幾分か劣る文明で)果たして識字率がいかほどのものか、という疑問も残った。


【わかった。引き受けよう。】

そう朔掩が言うと、利広が嬉しそうに笑って、寝食は自分が面倒見るから、と言った。


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