くる、と思った。


ぞぞぞぞぞ、という得体の知れない音がする。ざわざわっと一層大きく窓の向こうの木々が揺れた。


ぬ、と音もなく女の顔がさかさまになって窓から覗いた。
のっぺりとした印象の顔に、金色の目が怪しく光っていた。

ぎょろりとした目が小屋のなかを舐めるようにして視線を這わせていく。視線がこちらの視線の上を素通りしていった。

すいっと顔が上っていって屋根のうえに消えた。


男がほっとため息を吐いた。

まだ早い、と朔掩は思った。



その刹那、先程の顔が窓にもう一度現れた。ひゅっと男が息を飲む音が聞こえた。

金色の目はぎょろぎょろっと部屋を見渡すと、部屋の隅を凝視して、ケタケタっとわらった。

その視線の位置で、朔掩にも男の居場所がわかった。


顔が引っ込む。

妖魔は、自分達を狩ることを楽しんでいる。

先程みた限りでは、人妖のようであったが、その本体はどのような姿をしているかわからない。

ぞぞぞぞ、と言う音からして、地を這うものである、と朔掩はあたりをつけた。


そっと音をたてずにかけられた布から這い出す。

長い間閉じられていた目は端っから暗闇に慣れていて、はっきりと小屋の様子をとらえることが出来た。


どうやら、かなり昔に捨てられた廃屋のようだった。

もしかすると、この国が平穏だった時分にはよく使われていたのかもしれなかったが、妖魔がはびこるこのご時世に、山小屋の風体のこの小屋が使われることは無いのであろう。

なぜ、この男はここを宿に選んだのだ、と頭のなかで舌打ちしながら男を睨んだ。

門が閉じる時間に間に合わなかったなら、野木を探して野営をするのが常であるのに。


そうは言っても、現状は変わらない。自分をつれていたせいでそれが出来なかった可能性もある、と思い、今は外で待ち伏せている妖魔に気を払うことにした。


極度の緊張で放心状態の男は、剣を抱えたまま震え上がっていて、朔掩が起きたことにすら気付いていないようだった。





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