自分の他の娘や、荷物、州城がどうなったのか、朔掩は知らなかった。

ただ、自分が規格外の扱いをされているのはわかった。

後宮に入ることになった朔掩の耳にも噂話は届いた。


聞こえるように自分の噂を囀る女官達によると、自分は王を誑かすためにやってきた妖魔であるらしかった。


多分、自分は人間だとおもうのだけど、と思いながら、逃げたところできっとのたれ死ぬだけだろうと検討をつけて、自分はその噂も、時々会いに来て雑談をして去っていく王も、すべて受け入れることにした。

しかしながら老婆と暮らしていたときはくるくると働いていた朔掩にとっては、後宮での生活はとても暇だった。

やってきてお茶を入れようとする女官に話し掛けると、異常な程に嫌がられた。

それほどまでに嫌われているのか、とうんざりしながら、再度挑戦する。

自分の担当の女官はいつもかなり早いサイクルで入れ替わるのだが、(女官が押しつけ合いしているのを聞いたことがある。)この人は、初期の頃から朔掩の世話をしてくれる人だった。


「僕が入れるよ。君も飲んでいかない?」

軽い口調で声をかけると、女官は驚いたようにして飛び上がった。
それにくすっと笑ってから、女官が手放した茶器をそっと手に取る。

煎れ方は老婆から教わっていたし、作法は女官たちを見ていたからわかっていた。

「い、いけません!」

躍起になってしがみついてくる女官に、お湯がこぼれそうになって、手を止める。

「これくらいさせてよ。みんな僕になにもさせてくれないんだ。」
そういうと、女官はため息をついてこういった。

「かといって、私どもの仕事を取られては困ります。」

そりゃそうかと思いながら朔掩は茶器から手を離した。

女官が手早くお茶を煎れるのを美ながら、朔掩は名前は何ていうの?と話し掛けた。

「貴方は王の賓客ですから、そんな風に私たちに声をかけてはいけません。」

女官は言った。

「しかしね。王は忙しい。自分に時間をさいてはいけないだろう。その間僕と話すくらいいいんじゃないのかい?」

そういうと女官は眉を寄せて、わかりました、と言った。

「で、名前は?」

軽く聞くと、女官は少しとまどって、桜耶と申します、といった。
「桜耶、いい名前だね。桜耶は字がかける?」

「当然です。」

憤慨したかのようにいった桜耶に、朔掩は僕は書けないんだよね、としれっと言った。

「ちょっとは習ったからよめるんだけど、練習する機会がなくて、ほら、難しい漢字になると全然駄目で。」


教えてくれない?と朔掩は言った。
それに困ったような顔をした桜耶はいいですよ、と言った。


「その代わり、手加減はしませんからね。」

その宣言に朔掩はおう、と返した。


その日から朔掩の世話をするのはすべて桜耶の仕事になった。

ごめんね、と謝ると、桜耶は胸をそり返して、私は貴方が妖魔などだとは思っていませんから!といった。


それが強がりなのかはわからなかったが、確かに桜耶は手加減をしなかった。

毎日出される宿題の量にうめきながら、朔掩の習字の腕はめきめきと上達していった。


そして、朔掩は桜耶がもってきた本を片っ端から読みあさるようになった。

桜耶は勤勉だった。

「本当はね、大学にいって、官吏になりたかったの。でもお父様に反対されて、ここにおくられたの。」

と桜耶がいった。貴方と勉強するの、とても楽しかったわ。そい言いながら桜耶と朔掩は、桜耶の空いている時間にお茶を飲みながら話し合うことになった。

勿論、お茶を煎れるのはいつも桜耶だったが。


「まだ本を読んでいらしたのですか?」

桜耶がそういいながら明かりを灯した。

空がすっかり暗くなっていることに朔掩は初めて気付いた。

「あぁ、もうこんな時間か。」

「まったく……」

「だって他にすることがないしね。」

そういって横に本を伏せた。


最近はすっかり王はこなくなった。そろそろお役御免だろうか、と朔掩は思っていた。


「僕はいつまでここに居られるかな?」

朔掩がいうと、桜耶は困ったように眉を下げて、いった。


「ずっと居ていただかないと困ります。貴女の所為で私は一人なんですから。」

桜耶がそういうのを聞いて、朔掩はそうだね、といった。




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