目友人帳、的場21、名取23という事実に驚愕したそんなこんなな二人が大学生、とう設定のしろもの。

自転車を漕ぐと、風が当たって手が冷たくなる。冷えた手は自分の手ではなくなってしまったような感触で、冷たさは骨を伝っ てキンキンとその冷たさを訴える。

手袋を持ってこればよかった、と後悔したのは家を出て数分のことだった。 引き返すには講義の時間にギリギリで、こんなときに家でギリギリまで寝てしまう自分の性分を腹立たしく思う。

そんなことを考えながら、自転車置き場につく。あと3分、その微妙な時間に少し焦って、鍵をポケットから引っ張り出す。 悴んだ手が思ったように動かなくて、鍵がうまくつかめない。

わたわたと鍵を弄っていると、焦りを伴った手から鍵が飛び出していった。

「あっ、」

少し遠くまで飛んで行った鍵が、かつんかつん、と音をたてて誰かの足元に転がった。 その誰かが足元の鍵を見るのを見て、鍵を飛ばしてしまったことが恥ずかしくて赤面する。

「す、すみません…手が悴んでしまって…」

意味もなくいいわけをしながら鍵をとろう走ると、その人が小さな鍵を拾い上げるのが見えた。

「す、すみませんっ…!」

慌てて謝りながらその顔を見ることもままならないで、もこもこするマフラーに顔を半分つっこんでその人が、はい、と言って 差し出した鍵に手を伸ばした。 あまりの慌てっぷりにその人が余裕でわらっている気配がして、もっと恥ずかしくなる。

掴もうとした手が宙を掴んで、不思議な動き方をした手がそっと伸ばした手に触れた。

「本当だ、冷たいね。今度は落とさないで。」

冷え切った自分の手には熱く感じるくらいに温かい手が凍ったみたいな手をゆっくりと開いてその手に鍵を握りこませる。

「…あ、ありがとうございます…」

手の暖かさに少しびっくりしながらお礼を言うと、どういたしまして、という声が自分の頭より少し高いところから降った。 温かい手に焦っていた気持ちが少し落ち着いたのか、ゆっくりを顔をあげてその声の主を見た。

「…あ、」

やけにきらきらしいその顔に、見覚えがあった。

学校に通うとともに芸能活動もしているという、この男、名取と言っただろうか。

そのきらきらしい顔がゆっくりと微笑んで、その手がポケットから何かをとりだした。

「はい、これさっき間違って出てきちゃって、あげるよ。」

熱い塊が手に押しつけられるのを感じて少しびっくりして手をひいてからそのあつい物体に目をやる。 コーンポタージュ、と書かれたポップなパッケージは最近自分がハマってよく飲んでいるものだった。

「じゃあ、自転車に鍵、かけ忘れないようにね。」

そう言って背中を向けた名取さんに一瞬呆けてから、貰えない、と声をかけようとしたところに、鳴り響いた鐘の音に肩をすく ませる。

手の中で、コーンポタージュの缶が痛いほどの熱を伝え続けている。

そうして、自分が授業に出なければならないことと、自転車に鍵をかけなければならないことを思い出すのはもう少し時間が たってからだった。






「寝坊?」

ノートを閉じて教科書と重ねたとき、横から声がかかる。

少しだけ顔をあげて、いつもどおりに鬱陶しそうな髪の毛が目に入って、それが自分が想像した通りの人であることを確認して から、うーん、と返事に困った。

「ぎりぎりで間に合う予定だったんだけど。」

と首を少しかしげながら少し大きめの鞄の中に教科書とノートを無造作に入れた。

「自転車の鍵を拾って貰ってたら、ちょっとボーっとしちゃって。」

「…それ、買ってたからじゃないんだ。」

ちらり、と彼が目をやった先には、さめたコーンスープの缶があった。 俺はそれを少し迷ってから手に取る。 熱いくらいにあったかかったコーンスープは冷めて生ぬるいような、缶特有の冷たさを手に伝えていた。

「……鍵をね、拾ってくれた人がくれたんだ。」

「美人だったのか?」

身も蓋もなく聞く彼に、うーん、と唸る。

「……ほら、的場も知ってる、名取さん?二個上の。がなんかくれたんだ。」

そう言いきってから、家に帰ってレンジで温めてから飲もう、なんて思いながら鞄に滑り込ませて、鞄のふたを閉める。

「……名取…?」

「うん。なんか俳優やってるって言う、あの名取さん。」

少し考えるそぶりを見せた的場は、自分の右目に巻いた眼帯に手をやった。

前に、痛むのか?と聞くと彼は手をやっていたことに今初めて気づいた、という様な顔をして、いや、と短く答えた。 黒とか、茶色とか、和風の少し手の込んだ眼帯をしていることの多い彼だが、あまりその眼帯について触れられることを好まな いようだった。

その眼帯の下にあるのがなんなのか、多分学校の中で一番的場に近い友人な自分ではあるのだが、みたことも、的場本人からは 聞いたことすらなった。 そんな眼帯の下には酷い傷があるのだ、とうわさでだけ知っていた。

「……ご飯、食べに行こうか。」

いつもどおりに誘うとあぁ、という短い声がかえる。

「どこに行く?」

と聞くと、学食でいいんじゃない?というそっけない返事がかえった。

サークルにも入らない自分には、取る授業がかぶっていてなぜか自分に話しかけてくれる的場しかいつも一緒に居る、という親 しい友人はいなかった。

的場は的場で、なんだか近寄りがたい雰囲気があるのでそれが拍車をかけてか、的場と一緒に居る時はすれ違ったら挨拶をして 世間話をするような友人もあまり声をかけてはこない。

こんな容姿でひょうひょうとしてるからとっつきにくいんだろうか、と考える。

段差に気づかずに進もうとした俺の腕を掴んで引いた彼に、ありがとう、と言いながら優しくていいやつなのに、と思った。