降り頻る雨。

飽きも足らずに空から降ってくる。
ひとつぶひとつぶ、ただの水の玉だ。
それが、無数に、無規則に、ただひたすらに降ってくる。

それだけで何故か憂鬱にな気分になるのに。
貴方はまた一つ、僕がこの雨を嫌いだという要素を増やした。

貴方は雨の日にはやって来ない。

なぜ、と聞いたことがある。
あれは僕が貴方に頼み込んで僕の家の縁側でお話をしている最中だった。
貴方は、僕が頼まなければ僕と一緒にいてくれない。仕事の上の関係だと割り切っているのかもしれない。
貴方は祓い人で僕はその依頼人。
かもしれないじゃない。きっとそうなのだろう。

「ねェ、君は正直自分は強いと思ってるの?」

貴方の前の僕は大概に不遜だ。

僕は依頼人だから、そうでなくては貴方は僕の言葉に応えてはくれない。
いや、試したことがないのだから断定はできない。
だけどきっとそうだ。
貴方は胡散臭い笑みを貼りつけてひとつ、さぁ、と答えた。
「私は祓うということに長けていて、それを最大限に生かしてこの仕事をしている、それだけですから」
それだけ、といいつつ僕はその中に微かな彼の自負を見た。
貴方は僕にその胡散臭い敬語と笑顔の裏側を滅多に見せてくれない。
会話の応酬の中にちらりと見える表情の変化を見ることがこの家から出ることの出来ないささやかな楽しみだった。
「それだけ
とはいえ、君の最大限に生かすは怖いからね」くっく、とのどの奥で笑うと貴方はそんな僕をちらりと見て、微かに目を細めた。
この、不遜の演技を見ぬかれているのだと僕が思う瞬間だ。
それでも、僕は出来の悪い仮面をかぶり続ける。それが貴方とお話をするための決まりごとだった。

僕はふたつ並ぶ備前焼きの湯のみに手を伸ばす。
涼し気な感触に用意された飲み物が冷えていることを知る。
僕は冷えた緑茶をひとつ嚥下してからそっと手の甲でもう一つの特徴的な金属的な光沢をもった焼き物の湯のみを貴方の方に寄せる。
喉が乾いていたのか。
あまり飲み物を口にしない貴方はその焼き物に手を伸ばした。

外はよく日が照っているのだろう。塀の向こうで忙しなく鳴く蝉に僕はきっとそうなのだと思った。
僕にはそれを確かめるすべはないけれど。
日照りは僕達のいるところには届きはしない。
それは庭を覆うように鬱蒼と茂る木のせいであり、そのような作りをしている家のせいでもある。
古い家屋ではあるが、夏場は過ごし良い造りになっているのだ。
だから、それを口実に縁側で貴方とお話がしたいということができる。
それと同時にもたげたのが、天気の事だった。
貴方が僕の家を前触れもなくぶらりと訪れてくれるのは必ず晴れの日だった。
梅雨なんかの時期には貴方に会えずに僕は何度も下駄を履いては思い直し、貴方との約束を守るために下駄を脱いだ。
晴れた時にしか貴方は僕に会いに来てくれない。
「ねェ、君はどうして雨の日にしか来ないんだい?」
貴方は今まで見た中で一番驚いたような顔をして僕を見た。
そして笑う。
いつもの貼りつけたような胡散臭い笑みではなく。
それは、僕を完全に見下して、その中で僕に何かを見つけた、楽しそうなそんな笑み。

僕は、貴方のその笑顔に胸を刺されたような心地がした。

「雨の日はよくないものを一緒に連れ込んでしまうかもしれませんから」

貴方は僕を見る。
僕が、貴方のその仮面の向こうを見透かしてしまったと気づいて貴方は取り繕ったようにあ真顔になった。
「なるほどね」
僕は笑う。
貴方は気まずそうにお茶、ごちそうさまでした、と言った。

それが暇の合図だった。

あれから、貴方は仮面によりいっそう気を使うようになった。
それが楽しくて僕は貴方が来ない間をずっと貴方への質問を考える時間に宛てる。
そして、僕は雨に一つ、恨みを加える。


今日も、貴方は来なかった。