ブラックチョコレート


真選組には、食堂のキッチンとは別に簡易キッチンが設けられている。主に雑用でお茶をいれる時の、つまりは山崎がよく利用するスペースだ。夜食にラーメンでもとお湯を沸かす隊士もいるが、殆どは山崎の居場所である。本人的には悲しい話だが。

そんな簡易キッチンへと、山崎は寒い廊下を歩いていた。夜も遅い屯所内は静かで、山崎の足音だけが響いている。どうして夜中に台所へ向かうのかというと、いつもと同じく雑用のためだった。先程副長室に期限の書類を提出した山崎は、まだ机に向かう土方からお茶を淹れてくれと頼まれたのである。正直面倒だなぁ、と思いはしたが、こんな夜中まで仕事に勤しみ、煙草の吸い殻をいっぱいにためている土方が少し可哀想でもあったので素直に頷いた。まあ、そうでなくとも上司の命令に逆らうなんて山崎にはできないのだが。


しかし辿り着いた真夜中のそこには、柔らかな明かりが灯っている。どうやら先客がいるようだ。山崎は監察の癖か、気配を潜めてゆっくり近づき、先客の姿をちらりと確認する。

(沖田、さん?)

その姿は以外にも沖田だった。辺りに散らかした材料や漂う甘い香りから、夜食のラーメンのためではない事が伺える。というか沖田が自分で作る訳がない。それこそ山崎にでも頼むだろう。

「…まずは…チョコを刻む?」

携帯の画面を見ながら沖田が呟いたそれに、山崎はピンと推理の糸を繋げた。簡易キッチンに散らかしたチョコレートや生クリームの原液。そして明日、というか日付にしたら今日だ。そう、バレンタイン。

おそらく、バレンタインのためのチョコレートでも造っているのだろう。しかしそう考えて、ふと疑問がよぎる。誰に、なんて事は問題ではない。それはもちろん、沖田の恋人である土方にだろう。本人達は隠しているつもりだろうが、山崎には、というより近藤以外の隊士全員が気づいているはずだ。

問題は、あの沖田が何故チョコレートを造っているか、ということだ。わざわざバレンタインだからといって造るような性格ではない。むしろ土方にねだるくらいだ、と山崎は考える。

山崎が色んな可能性を考えていると、静かな屯所内にガンガン、と包丁を叩きつける音が響いた。

その乱暴さに、山崎はぴくりと体を震わせる。見ると沖田は、包丁を頭の高さまで持ち上げ、いっきに振り下ろしていた。見るも無残に砕けていくチョコレート達は、どこか儚く山崎の目に映る。沖田がチョコレートを砕く姿は、まるで生け贄の儀式でもしているようだった。

「で?…ゆせん?ゆせんってなんでィ…」

あらかたチョコレートを砕くと、沖田は再び携帯の画面を見てぼそりと呟いた。どうやら湯煎の意味が分からないらしい。教えてあげようかと思ったが、チョコレートを造っている姿を見られたら沖田的には困るのではないだろうか。意地っ張りな沖田の事だ、土方の為にチョコレートを造っていたなど、知られたくはないだろう。というか、出て行った時点で殴られそうだ。山崎はそう思い、ひっそりと息を潜めて沖田を見守ることにした。別に見守る必要などないのだが、こっそり覗くのが山崎である。

「ゆせん…お湯ん中入れればいいのかな」

刻まれた、というより砕かれたチョコを眺めながら呟いた言葉に、山崎は心の中で盛大に突っ込みを入れた。いや、それは違うだろ常識的に考えて!サラッサラになんだろ!そう言いたくても言えないもどかしさを抱えながら、山崎は焦りの表情を浮かべた。やりかねない、この人なら。純粋にそう思ったからだ。

「……ま、溶けりゃなんだっていいか」

いやそれはそうかもしれないけど、そんな事を思いつつ山崎が沖田をじっと見つめると、沖田は刻んだチョコレートをボウルへと移した。そしてそれを、電子レンジの中へ入れてピピッ、と操作音と共にレンジの中に明かりが灯る。

どうやら湯煎を理解する事はせずに、レンジで溶かす方法にしたらしい。レンジなら大丈夫だ、山崎はホッと安心感を覚えた。ラップはしてないけどまぁ、ラップの存在理由なんて自分にも分からないし良いじゃないか。チョコレートをお湯に投入しないだけでも上出来だ、と大変失礼な事を山崎は思う。

電子レンジの機械音が響く中で、沖田はどうやら次の作業をしているようだ。手に取ったのは、よく彼が好んで呑む鬼嫁だった。つまりは酒、である。

(え?こういうのって洋酒じゃないの?)

山崎自身、チョコレートなど作ったことはないので分からなかったが、果たしてこれは美味しいのだろうか、と疑問にはなってしまう。そんな山崎をよそに、チン、と電子音が鳴り、沖田はレンジからボウルを取り出した。

「おぉ、ドロドロ」

溶けたチョコレートに感動を覚えたのか、無邪気にそれをかき回す沖田。その姿は料理をしているというより、工作をする子供のようだった。

なんだか微笑ましいなぁ、恋人のために慣れない作業をするなんて。そんなふうにポカポカしたのもつかの間である。沖田は溶けたチョコレートに、生クリームの原液を投入した。全部、である。

(い、いれすぎだろォォ!)

それじゃあサラッサラチョコレートという悪夢が再びやってくるんじゃないか、そう思う程分量が多い。しかし沖田はなんとせず、そこへさらに酒を投入した。ドボドボ、と音のするように、またしても大量だ。

明らかにおかしいだろ、と山崎は思うが、当の本人は笑点のテーマソングを口ずさみながら、呑気にボウルの中身をかき混ぜている。そしてさらに、沖田は小さな冷蔵庫の中から黄色い物体を取り出し、それをチョコレートの中へと投入した。

ぶちゅう、と聞き慣れた音を示したそれはマヨネーズである。黄色い物体が、これまた大量にチョコレートの仲間入りを果たしていた。

(う、うわぁ…)

なんだこれは、何を作っているんだ。そう思わざるを得ない程、沖田の行動はおかしかった。確かにマヨラー土方にはかかせないかもしれないが、果たしてこれはどうだろう。少なくとも山崎は、絶対に食べたくない。いや、しかし土方の事だ。彼の味覚は異常だから、これも大丈夫なのだろうか…。山崎が不安げに思っていると、小さく廊下を歩く音が耳に入った。振り向くと、のそりとこちらへ向かう黒い影。

「おい山崎、茶ァいれんのにどんだけかかって…」

土方の低い声は、途中で山崎によって遮られた。沖田にばれてしまう、そう思った山崎は光の早さで土方の口を塞ぎ、ちらりと沖田の様子を確認する。どうやらチョコレートに夢中で気づいていないようだ。

「おい何すんだコラ」

「しー!ばれちゃいますから!」

声のボリュームを落としひっそりとそう告げると、簡易キッチンへと親指を向ける。土方は怪訝そうに明かりのついた簡易キッチンを覗いた。

「総悟…?あいつ、なにやってんだこんな夜中に」

「嫌ですねぇ副長、バレンタインの為に決まってるじゃないですかぁ」

良かったですね、と山崎が少しからかうように言うと、土方はぽかんと沖田を見つめていた。相当驚いたのだろう。それはそうだ、あの沖田が健気な行為をしているのだから。

「まさか、俺の為に…」

そう呟いた土方が若干泣きそうになっているのを、山崎は不憫そうに見つめる。日頃さんざん嫌がらせをされているせいか、嬉しさは相当なものなのだろう。可哀想でもあるが。

しかし、と山崎は思う。先程の光景から、美味しいチョコレートであることはまずない筈だ。チョコレート以外の物が大量に混入したあれを、土方は喜んで食べるのだろう。それはどうなのだろうか…、と山崎は眉を下げた。嫌がらせだと思うんじゃないか、いや、まさか最初から嫌がらせのために作っているのだろうか。充分有り得るその説に、山崎は土方に憐れみの眼差しを向けた。しかし土方はというと、感動しつつ少し照れた様子で口を開く。

「そりゃあチョコ貰ったら嬉しいって、さりげなく言っといたんだよな…いやまさか本当にくれるなんて思ってなかったけどよ」

まさにデレデレである。その様子がなんだか切なくて、山崎は苦笑いを浮かべた。ちらりと沖田の方に目をやると、あろうことかタバスコと見られる容器を手にしていた。

まずい、こんな幸せそうな土方にこのショッキングな光景は見せられないと、山崎は焦りの色を浮かべる。

「ふ、副長、こんなとこ覗き見するのは野暮ってものですよ。明日を楽しみにして下さいね!」

小さく早口でまくしたてると、土方は、それもそうだな、なんて気持ちの悪い笑みを浮かべた。ああ、こんなに幸せそうなのに、明日この人の口の中は大荒れするのか。そう思うと不憫すぎて、山崎はいたたまれない。しかし土方はそんな山崎をよそに、よほど上機嫌なのか、茶はもういいから寝ていいぞ、と言って去っていった。

心なしか後ろ姿も幸せそうな土方を見た後、山崎は再び簡易キッチンを覗き込んだ。相変わらず笑点のテーマを口ずさんだ沖田は、チョコレートをマヨネーズの容器に移していた。このチョコレートが固まる事はないだろうが、普通に作っていたら、固まって取り出せなくなるというのに。やはり沖田はそこまで考えていないのだろうか。それとも、飲むチョコレートでも作っていたのだろうか。…嫌がらせのために。

(いや、でも……)

きっといつもの嫌がらせではない。沖田の表情を見て、山崎はそう確信した。嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうなそれは何とも微笑ましく、本来なら応援するところだ。しかし沖田の作ったチョコレートはもはや兵器レベルだろう。せっかく土方のために作った、なんとも残念すぎる。


山崎は静かにその場から立ち去り、明日の光景を思い浮かべて苦笑いをこぼした。照れながらもチョコレートを渡す沖田、喜ぶ土方。そこまでは確かに微笑ましいカップルなのになぁ、しかし不器用なあの人たちらしいか、とも思う。

とりあえず胃薬くらいは用意しよう、山崎は明日の予定にそれを加えて1人冷たい布団へとダイブした。


end

沖田からチョコ貰えたら土方さんはデレデレするんだろうなぁ…

(110408)

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