はじめての痛み


江戸の暮らしにも、真選組の仕事にも慣れてきた頃だった。人を斬るのも、市中で奇襲を受けるのも、ああまたか、そんなふうに感じでしまっていた頃。慣れというのは恐ろしい、その意味を理解出来たのは今この瞬間なのかもしれない。

「いってェ…」

いたるところから流れる赤に、びりびりと痛みが走る。血液には慣れていた。しかしそれは他人のものであって、自身から溢れ出るそれは全くの未知だ。確かに小さな怪我は今までにもあったけど、流れるほどの血を体験したのは始めてだった。

斬られたことがない、それは俺にとって自慢であり、自信でもあった。しかし今日、どういう訳かやられてしまった。相手が複数だった、なんていつもの事なのに。ついでに、斬られた衝撃で判断が鈍ったのか、階段から転がり落ちたりもしている。場所が悪かったなァ、なんて笑えない。油断なんかしただろうか。したつもりはないのだけれど。

「いってェ……」

傷口を右手で抑えながら、とにかく歩こうと試みる。しかし足までも言うことを聞いてくれず、ずるずると壁にひっついて崩れ落ちてしまった。

「…ハァ」

思わず溜め息を零せば、しんと静まり返った空間にぽつんと消える。討ち入りの中ひとり突っ走ったせいか、まわりは誰もいない。死体と俺だけ。遠くで微かに聞こえる雑音から、きっと他の奴らはまだ戦っているのだろう。しかしこの討ち入りは真選組の勝利だ。なにせ俺がほとんど倒して回ったのだから。そうして奥まで辿り着いて、最後の最後で油断してこのざまだったりするけれど。だけどまぁ、俺に傷を負わせた奴らも倒したし。

「誰か、こねェかな…」

今回の討ち入り先は、大きく入り組んだ倉庫が舞台だった。一番隊を筆頭に攻め行って、その中でさらに俺だけ突っ走った。だから俺が建物の一番奥にいるわけで、ここに誰かが来るには戦いがすべて終わった時だろう。しかし誰かに助けられる、というのも不本意ではあった。なにせひとりで突っ走って、ひとり怪我をしてうずくまってるのだから。自業自得だ、きっと怒られる。

(…土方さんに)

血と埃にまみれた俺を見て、鬼の副長は嘲笑うだろうか。ほらみろ、命令を無視するからだ。そう言って怒られるのだろう。ああそれは嫌だなァ、なんて思っていると、薄暗い空間に光が差し込んできた。

「総悟!いるのか?!」

そいつは大声と共に、俺が転がり落ちた階段をカンカンと下る。そして埃と血にまみれた俺の前で立ち止まった。肩が上下して、呼吸も荒い。なに、走ってきたんですか、土方さん。

「…総悟、お前、怪我…!」

酷い顔だった。もちろん土方さんが、だ。アンタなにそんなひでぇ顔してんの、そう言おうとしたら、突然体が地面を離れた。

「待ってろ、いま、病院つれてくからな…!」

土方さんは俺を抱えて、またしても走りだす。しかもおんぶとかじゃない、両手に抱えたそれはまるで女の扱いのようだった。やめて下せェ恥ずかしい、とか色々言いたいことはあったのだけど、土方さんがあまりにも必死だったのでやめることにする。

そうして不本意ながら土方さんに姫抱きされたまま、外へと辿り着いた。血と埃まみれの空間を抜け出したというのに、俺自身がすでに血と埃に侵されていたのであまり変わらないけれど。

「おい山崎、運転頼む」
「は、はい!」

近くにいた山崎は、俺の姿を見てその地味な顔を歪ませていた。どいつもこいつも酷い顔をするものだ。血まみれの俺がそんなに珍しいのか。

山崎がパトカーのドアを開けると、土方さんは俺をその中へと乗せた。後部座席に乗り込むと、次いで土方さんも隣を陣取る。

「…土方さん、車ん中に血ィついちまう…」
「んなこと気にすんな…。山崎、車出してくれ」
「はい!」

慌ただしくパトカーが走り出すと、じわじわと後部座席を赤が染めていった。ああ俺こんなに血ィ流してたのか、そんなふうにどこか他人ごとに思う一方、痛みだけは容赦なく襲ってくる。斬られるって、こんな感じなんだ。痛くて苦しくて、とにかく、つらい。

「そう、ご」

赤いシートから土方さんへ視線をやると、やはり酷い顔をしていた。鬼の副長のくせして、今にも泣きそうな。

「なんて顔してんですかィ…」

「…ごめんな」

なにが、そう言おうとしたら土方さんの手が俺の頬に優しく触れた。頬に血がついていたのだろうか、しかしそんなの気にする必要もないだろう。だって体中血まみれだ。返り血も含めて。じゃあこの人は何がしたいんだろう、そう思って土方さんを見ると、こつんと額を合わせられた。

「お前、今日体調良くなかったろ。…やっぱり行かせるべきじゃなかった」

「…は?」

この人は何を言ってるのだろう、純粋にそう思った。体調、良くない?そうなの?自分のことだというのに、よく分からない。悪かっただろうか。考えてみても尚、答えは出ない。自分のことなのに。

「…アンタ、なに言ってんですか」
「…自覚ねぇと思った。だから、こんな怪我、すんだろバカ」

バカだって。どういう訳かけなされた。謝られたと思ったら、忙しいお人だ。しかしどうして俺自身にも分からないことを分かるのだろう。それはとてもムカつく一方、ちくちくとくすぐったくもある。

「総悟、大丈夫か?痛いだろ?」
「…こんぐらい平気でさァ」

死ぬ訳じゃねェし、と繋げる。確かに血はたくさん出てるし階段から落ちたせいか動きも鈍い。しかしこれくらいで人は死なないのだ。たぶん。それは人をたくさん殺して得た知識だろう。

「でも、痛いだろ」

ごめんな、と土方さんはまた言った。とても真剣そうに。どうして謝るのか。なんでそんなに辛そうな顔をするのか。土方さんアンタその顔笑えますよ、なんて言ってやりたいのに。どうして言えないで俺は、気にくわない奴にすがりつくのだろうか。

「……痛い」
「ああ」
「土方さん、すげェ、痛いんです」
「ごめんな」

血と埃まみれの体を土方さんに押し付けて、どうしてか出る涙を黒い制服に染み込ませた。痛いんです、血がたくさんでて、頭がくらくらするんです。みっともなく弱音をはく俺を、土方さんはぎゅうと抱きしめた。


確かな痛みと共に残ったのは、バカみたいに優しい土方さんの、酷いかお。それが心地いいなんて、どうかしてるのだ、俺は。


end


斬られた沖田を見つけた土方さんは軽くパニックだと思う。初めて斬られた時は、ちゃんと「痛い」って言って欲しいなぁ、と。

(110407)

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