優しい鬼


「鬼、だってさ」

抑揚のないその話し方はまさしく沖田そのものなのだが、この血にまみれた暗い空間では少し気味の悪いものに感じる。山崎は死体を避けるようにして沖田に近づくと、彼の不可解な言動の意味を知るべく、鬼ですか?と尋ねた。

不可解な言動、などこの上司は常なのだが、無視する事はしない。というより、山崎には出来ないのだ。もちろん立場上、というのもある。だけどそんなことより、この自分より幼い上司を放っておけないのだ。剣の腕は一番かもしれないが、どこか危うさの残る存在が、気になってしょうがない。きっと、沖田に対して不必要なほど過保護なあの二人の上司も、そんな感じなのだろう。

「さっき斬ったヤローに言われた」

刀の血を人差し指で拭いながら、表情は変わらず沖田は呟く。

「誰かが殺し損ねた奴だがねィ」

一撃で仕留めないなんざ、どうしようもねェ。沖田はそう続けた。沖田が一撃で相手を仕留めない訳がない。つまり、言葉を発する暇もなく事切れてしまうのだ。だから沖田を鬼と称した輩は、誰かが息の根を止め損ねた物なのだろう。もちろん、そんな状況を見れば沖田が見逃すわけもないので、それは死んでいるだろうと山崎は悟る。

「でも、嬉しい事言ってくれるじゃあねェか」

この場に相応しくない笑顔を沖田が浮かべれば、山崎はぞくりと背筋に緊張が走る。この人は何を言いたいのだろうか。それが分かれば常日頃から苦労はしないだろうと思うが、そう思わざるを得ない。

「鬼の副長なんぞより、俺が鬼の方が似合うだろィ?大体、ヘタレな土方が鬼なんて似合わねェ」

随分と棘のある言いぐさだが、それは多分土方が優しいからだと言いたいのだろう。優しい土方に、鬼なんて似合わないと。山崎は持ち前の観察力で言葉の少ない沖田の気持ちを理解した。

土方は、短気ではあるが確かに優しい。人を斬った後、いつもあの人は端正な顔を寂しげに歪ませていた。そんな人をどうして鬼だと言えようか。そこまで沖田が思っているかは分からないが。

「……人を斬るのは、俺だけで良いんでェ」

ぽつり呟いたそれは、物騒な言葉に似合わず優しげな表情だった。

いつだか、沖田が言っていた事がある。近藤には討ち入りに参加して欲しくないと。それはもちろん、彼が危険に晒されるのが嫌だと言うのもある。だけど一番の理由は、近藤に人を斬って欲しくないからだと、沖田は言っていた。

善人の塊であるかのような近藤に、そんなことはさせたくないと。だから、沖田は自ら刀を振るう。誰よりも多く命を奪う。

鬼と称される事は、彼にとって喜ぶべき事なのだ。誰よりも刀を振るった証。近藤を、土方を、血で汚れた鬼なんかにしない為に。

「鬼の一番隊隊長…カッコ良いよなァ?ザキィ」

「…そうですね」


山崎自身、人を斬る時の沖田に恐怖を感じた事はある。鬼だと称した輩の気持ちも分からなくはないくらい、彼は鋭く血にまみれていた。

だけど、ただの鬼には到底思えなくて。大好きな人の手を、心を汚さないように。自らを汚す沖田は、鬼だとしても優しい鬼だ。

山崎は心の中だけでそう思って、返り血を浴びた沖田の頬をそっと拭いてあげた。



end


近藤さんや土方さんは優しいから、人を斬らせたくない沖田。

初銀魂なのに土沖率が無い…w

(110215)

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