ゆるゆらり


春を間近に控え、しかし夜はまだ冷える。冷たい空気にぶるりと背筋を震わせながら、土方は煙草の煙を吐き出した。白い煙が真っ暗な闇の中に溶けてゆく。やはり黒は強いのだ。こんな田舎の灯りもない農地の夜では、黒に敵うものなどない。そんな訳の分からないことを考え出した土方は、ああ疲れているのだと思い知らされた。

畑を荒らしている犯人を捕まえてくれ、世話になっている近藤に頼まれては断りようがない。
最近よく荒らされる畑を見渡せるこの場所に土方がスタンバイしてから、もう3時間以上が経っている。今日は来ないのだろうか、来るなら早くして欲しい、というか頼むから来てくれ。眠気と戦う土方は必死にそう願いながら、無人の畑を見つめていた。

がさ、と小さく遠慮がちに葉の擦れる音が静かな空間に響く。土方はその音にぴくりと神経を研ぎ澄ました。来たか、といつでも動ける体制をとって音の方をじっと見る。

すると闇夜に大きな目玉がきらり、と光った。小動物、だろうか。それはきょろきょろと辺りを見回して、畑へとゆっくり近づいて行った。間違いない、奴だ。土方も気付かれないようゆっくりと近づいて行き、タイミングを図る。
呼吸を合わせろ、心体ともに気を練り最も充実した瞬間…ふう、と大きく深呼吸をして、土方は獲物へと走った。

「おらぁ、捕まえたぞ!」
「きゅっ!」

一目散に走って行き、暗闇の中手探りで捕まえたそれは、触り心地の良いふさふさとした尻尾だった。ボリュームのある尻尾の毛がふかふかで、何とも言えず気持ちが良い。

「てめーか、畑荒らしたのは」

土方が片手で持ち上げられるくらいのサイズの犯人、キツネやタヌキの類いだろうか。犯人の正体を知ろうと、土方は懐中電灯をつけて辺りを照らした。
みゃっ!と人工的な眩しさに小さく悲鳴をあげた犯人の姿を見て、土方はぽかんと口を開ける。

小動物だろう、と思っていた犯人の姿は、限りなく人間に近いものだった。けれど確実に、人間ではないのだ。この手が握っているのはふかふかの尻尾な訳で、茶色い頭の上にはふさふさの耳が主張しているのだから。

「眩しいでさァ!離せ!」

しゃべった、とますます土方は唖然とする。この生き物は何なのだろうか。しかし、やけに可愛らしい。茶色いさらさらの髪の毛に、ふさふさな大きな耳。人間の子供に動物の耳と尻尾が生えたような姿は、まるでマスコットのようだった。

「…お前なに、人間…じゃねぇよな…」
「離せ離せ離せー!」

ぶんぶん、と体を揺らして脱出を試みるが、しっかりと尻尾を捕まれているこの状況では、ただ空中でジグザクに揺れるだけだった。頭が揺れて気持ちが悪いのか、うぇえ、と汚く言葉を吐いて土方を睨む。

「暴れんな馬鹿!お前、畑荒らしてたやつだろ、こっちはお前に迷惑してんだよ!」
「んなこと知らねェ!俺ァただ飯食っただけでェ!」

ふん、とわざとらしくそっぽを向く犯人に、土方は溜め息をついて肩を落とした。

しかしこの小さな畑荒らしの犯人は、よく見れば痩せていて、小さな体のあちこちに傷が出来ている。

(苦労、してんだよな…)

土方の見る限りでは、まだまだ子供だ。だが自然界では自分で何とかしなくてはいけないのだろう。食料を確保して、泥だらけ傷だらけになって。こうして畑でも荒らさないとやっていけないのだろう、山の資源が少なくなっているとよく耳にする。それが人間のせいだとも。

そんなことを考えていたらじわり、と目頭が熱くなった。土方は元来弱いのだ、そういった話に。ただ土方がそう思っただけの空想話だというのに、土方はただただ目の前の子供が可哀想に映るのだ。

「…食う?」

ふかふかの尻尾を捕らえたまま、土方は懐にある握り飯を差し出した。夜食に、と近藤から渡されたものだ。
それを見て子供は一瞬ぱぁ、と表情が明るくなったが、見ず知らずの人間に媚びるのが嫌なのか、すぐにふいっ、と顔を背けてしまった。しかしちらりと視線がご馳走をとらえている。
可愛い、と思った。

「腹減ってんだろ、食えよ」

土方が出来る限り優しい声でそう告げると、しゅぱ、と素早く握り飯を奪い、勢い良くそれに食らいついた。尻尾を捕まれた状態で逆さまであるというのに、喉につかえたりしないだろうか。心配になるくらいにはがっついていた。可愛い外見とは裏腹に、食べる姿は意地汚くて、ぼろぼろと溢して行儀が悪くて、可愛い。

「…お前、名前は?」

とりあえず逆さ釣りのままでは気の毒だ、と名残惜しい尻尾を離し、逃げないように子供を抱き抱えるようにして、土方は問う。じとりと警戒の眼差しを送ってはいたが、食べ物を貰って少しは安心したのか小さく答えてくれた。

「…そうご」

そうか、と言ってそうごの頭を撫でると、尻尾と同様にふかふかの耳がこれまた気持ち良い。
そうごは少しだけ気持ち良さそうに目を細めるが、すぐにハッと我に返り小さな牙を見せて土方を威嚇した。

「…あんた、何がしたいんでェ」
「俺ん家、来るか?」

土方のその言葉に、そうごはきょとんと固まってしまった。そしてじたばたと、土方の腕から逃れようと暴れる。

「なんぱ!!なんぱ野郎!あっち行け!」

げしげし、と土方を小さな足で蹴りながら、失礼極まりないことを叫ぶそうごを無視して、土方は小さな犯人を抱えて家路を急いだ。

まずはこの軽い体をふっくらさせてやろうか。料理の腕を振るう相手が出来るのも良いかもしれない、とマヨネーズのたっぷりかかった料理を思い浮かべて土方は優しく、笑った。


end

田舎暮らし土方さんとけもみみ沖田。土方家でほのぼの暮らすと良いです。

(120404)

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -