洞窟とメイド服


「土方さん、俺ァ怒ってるんですぜ」

そう言った割に、普段と変わらぬ無表情を浮かべる沖田を、土方はまだ開ききっていない目で見つめた。どうして、どうして目の前の部下は異質な格好をしているのだろうか。眠りから覚めたばかりの土方にはまるで見当もつかなかった。

「総悟…?え……?…は?」

何もかもがおかしい。突っ込みきれない程おかしい。土方は突然の出来事に目を丸くする。

自分は確かに自室で眠りについたはずなのだ。それなのに何故、目の前に広がる光景に見覚えがないのだろうか。
ひゅるりと吹き抜ける風が寝起きの土方の体をぶるりと震わせる。ああどうして。自分の目を疑いたくもなる。自室で1日の疲れを癒やす睡眠をとっていた筈なのに、目が覚めたらそこは薄暗い洞窟だなんて。

「いやいやいやいや意味わかんねーなんだよこれ!」

薄暗い洞窟に、蝋燭の火がゆらゆらと灯る。不気味としか言えない光景の中、更に沖田が異質な格好をしているのだから、土方はますます頭を抱えてしまった。なんなんだ、この状況は。目が覚めたら知らない洞窟で、沖田が所謂メイド服を着ているシチュエーションなど、有り得て良いのだろうか。

「土方さん、俺ァ怒ってるんです」

狼狽える土方をよそに、沖田は再び同じ言葉を繰り返した。しかし何故沖田が怒ってるのかよりも、何故こんなところに連れて来られたかの方が土方にとって重要で。

「いやいやなんでお前そんな服着てんの!ここどこだよ!」
「まず何で俺が怒ってるか聞くのが紳士ってもんでしょう」
「もっと大事なことがあんだろ!」

そう言った土方に、沖田はぴくりと眉を震わせた。
まずい、と本能的に土方は悟るが、ここにきて更に衝撃的な事実を知ることになる。

「えっ…お、おいなんだよこれ…!」

両手を動かすと、かちゃかちゃと音をたてる金属音。手首に触れる固く冷たい感触。それは職業柄よく知っているものだった。

─首輪の次は手錠か。
土方は目の前のメイド服姿のドSな恋人に心底呆れ果てた。というより、訳が分からない。

「…土方、さん」
「……なに…」

少し寂しそうな表情を浮かべて自分に寄り添ってくる沖田に、土方は強ばりながらもどきりと心臓を鳴らした。
しおらしい顔をしていれば可愛いのだ、と思ってしまうあたり惚れた弱みなのだろうか。こんな状況だけど、無性に沖田の頭を撫でてやりたくて右手をのばそうとするが、かちゃりと鎖が音をたてるだけだった。

「…なあ総悟、この状況なんなの?」
「興奮しませんか?」
「……は?」

上半身だけ起こした土方に寄り添って、上目遣いで見つめる。そこまでは確かに興奮する、と言っても良いかもしれない。
しかし、この状況を考えるとそれは如何なものだろうか。

「…やっぱり、しないんですね」
「いや洞窟連れて来られて興奮しろって言われてもだな…」

しかし、この一連の流れで土方には思い当たる節があった。なんとなく沖田がしたいことは分かる、自分を興奮させたいのだろう。それがなぜ洞窟でメイド服で手錠なのかはさっぱり分からないが。

「…総悟、お前まさか」
「興奮するならメイド服、見知らぬ屋外、手錠って近藤さんと山崎が言ってやした」
「…は?」
「ちなみにメイド服提案が近藤さんで後は山崎からです」

メイド服はまあ近藤らしいとして、山崎はそんな趣味があったのか、と知りたくもない部下の性癖に土方は口を歪めた。それじゃあ何か、この見知らぬ屋外、手錠という最大の難点は全て山崎のせいなのか。メイド服だけならまだ良かったものを。

「もしかして、その…気にしてんのか?」

この前のこと、と恐る恐る繋げる。沖田は黙って俯くだけだった。
ああこれは、確実に気にしている。沖田の不可解な行動も全て土方は理解した。どうにかして自分を興奮させようと、必死になっていただけなのだ。

そう思うと、土方は申し訳ない気持ちで一杯になる。全ては自分のせいなのだ。
しかし土方自身にも分からないのだからどうしようもない。こんなことは初めてなのだ。勃たない、なんて。

「その…なんだ、多分疲れて…」
「もういいですよ!」

ばちん、と。洞窟の中で頬を叩く音が響いた。土方が突然の出来事に目を丸くしていると、沖田の大きな瞳から次々と涙が零れ出る。

「分かってますよ、結局アンタは女が良いんでしょ、俺に、もう飽きたんだろ!!」
「そ、総悟…」

沖田にしたら、そう思わざるを得ないのかもしれない。ただでさえ男同士で問題が多いというのに、相手が不能になったなんて。飽きられた、と思ってしまうのも無理はないだろう。
しかしそんなことは全くもってないのだ。土方は今だって、いつだって沖田のことが好きだし、そういう目で見ている。

「男になんて興奮しないって、体が、言ってんじゃないですか…!」

沖田はどんどん、と土方の胸を叩きながら、その中に埋まった。
泣きじゃくる沖田に心を傷めながらも、土方は少しだけ嬉しかった。感情を表すことの少ない沖田だが、こんなに自分を想ってくれていたなんて。

ああどうして勃たないのだ、と自分の分身を初めて忌々しく思う。いつも頼りになる奴だったのに、どうして。引退にはまだ早すぎるだろう、やることがまだたくさんあるのに。

「…総悟、」

自分の胸に埋まった沖田の髪に、ちゅ、と唇を落とす。ちゃんと好きだよ、と言うように何度も繰り返すと、沖田は恐る恐る顔をあげた。赤くなった目元と、涙でぐちゃぐちゃな頬が何とも保護欲を誘う。

「土方、さん」
「…俺も分かんねーんだよ、本当に疲れてるだけなのかもしんねーし…」
「土方さんの土方さんは疲れてたっていつでも元気に起きてくれやした」

そう言われるとなんとも弱いのだが、しかし心当たりなど本当にないのだ。今だって息子が役に立つのなら、すぐにでも沖田を押し倒してやりたい。ヒラヒラのスカートの中身を確かめてやりたい。土方の気持ちはやはりいつも通りなのだ。

「…これが最後のチャンス、にしやす」
「最後…?」

なんとも不吉な言葉を放つ沖田に冷や汗を流すが、沖田はもぞもぞと土方の下半身へと居場所を変えた。土方が狼狽える暇もなく、沖田は土方の着流しを乱して下着をずりおろす。そして外気に晒されたそこに、ゆっくりとその幼い顔を近づけた。少しだけ恥ずかしそうに、赤い舌をちらりとのぞかせる。

ああこれはまさか、まさかだ。夢にまで見たあれではないのか。土方は一気に血液が下半身に集中するのを感じた。





「フェラ…だと?!」
「は?」

がば、と飛び起きた土方の目の前にはメイド服姿の沖田、ではなく隊服に身を包んだ沖田がいた。

「あ…れ?」

おかしいのは服装だけじゃない、景色も先程とは違う、いつもの自分の部屋だった。おかしい、というよりこれが普通なのだが。

「土方さんの土方さんちょうビンビンですぜ。朝勃ち?つーかエロい夢でも見やしたか?夢精なんて勿体無いことしないで下せェよ」

今度は先程と同じく、上半身だけ起こした土方に沖田が寄りそってくる。土方は嫌な汗にまみれていた。なんだ、なんだったんださっきの光景は。夢に決まってるじゃないか、ともう一人の土方が言うように、天に向かって勃ち上がっている。

「あー…ほんと…夢で良かった…」
「どんな夢見たんです?」

そう聞きながら、しっかり土方の勃ちあがったものを目指している沖田に、先程のようなしおらしさは全くなかった。しかしこれでこそ沖田なのだ。メイド服も洞窟も手錠も何もいらない、それで良いのだ。ものすごく当たり前だが。

「…なんか俺不能になってたんだよ」
「不能?爆笑じゃないですか、見て下せェよビンビンのガチガチですぜ」

嬉しそうにそう言う沖田の頭を撫でる。手錠なんて無い、なんて幸せなのだろう。

「あと洞窟で…手錠が…ああ、お前メイド服だった」
「は?メイド服?うわーどん引きでさァそんな趣味あったんですか土方さん」
「ちげーよお前が勝手に…」
「はいはい、まぁ今回は隊服で我慢しなせェ」

ああこれでは自分が変態みたいだ、と土方は口を歪めるが、沖田はそんな土方の唇を奪った。ちゅう、と触れ合えば、もうどうでも良くなってしまうのだ。確かにメイド服を着た沖田は可愛かったし、あながち否定出来るものでもないのだから。
ああしかし、朝からこんなことをして良いのだろうか。今度は違った意味で、自分の息子を恨めしく思う。

「ていうか夢でも俺と宜しくやってるなんて、アンタ俺のこと好きすぎですねェ」

にやり、と笑った沖田に、土方はまっすぐに言い放った。
そうだよ、と。


end


ついったの診断メーカーで、【高橋ミロの次回作は『洞窟でメイド沖田と勃たない土方の鬼畜SMプレイ』で決まり☆】と出たので。洞窟でメイドで不能とか思いつかないです。

(111121)

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