ひとつ屋根の下
「土方さん、コレ」
何の前触れもなく総悟から渡されたものは、土方十四郎の文字が書かれた白い封筒だった。
「え、なに?俺宛ての手紙か?」
「まァ、そうですねィ」
当たり前のように言うが、総悟が俺宛ての手紙をわざわざ持ってくるなんてどういうことだろうか。普段はそんな雑用などしないというのに。
しかしよくよく見ると、宛名に書かれた自分の名前は見覚えのある汚い字だった。
「…これ、お前の字じゃ…」
「ちゃんと届けやしたぜ。俺見回りなんでじゃあ」
そう言ってすぐに総悟は行ってしまった。残された封筒を眺めて、少し。裏返すと、やはり差出人は総悟の名前が書かれていた。なんだ、こんどは不幸の手紙でも書いてきたのだろうか。しかしそれならば、差出人の名前を書かずに屯所の郵便受けに入れるはずだ。そうして俺が気味悪がっているのを楽しむのがあいつのやり方なのだから。
じゃあなんだ、同じ屯所に住んでいて毎日顔を合わせているのに手紙を書くなんて。しばらく手紙とにらめっこして、封を切った。きちんと糊付けされていたから、ハサミで綺麗に。
内容は子供の日記みたいなものだった。多分昨日のことだろう。今日は晴れ、山崎をからかって遊びました、とか。土方さんの寝癖は今年一番の爆発っぷりでした、とか。そんな、たわいもないこと。
果たして本当にこれは手紙なのだろうか。日記といった方が正しいような気がするが、それならわざわざ俺に宛てたりしないだろう。相変わらず総悟の考えていることが分からないが、嫌がらせではないようで少しホッとした。
*
「なぁ、あれなんだったの?」
昼、食堂でハンバーグを頬に詰めている総悟を捕まえて、そう聞いてみた。総悟は詰め込みすぎのハンバーグをもぐもぐと噛んですぐに飲み込むものだから、まだ噛むのが足りないと注意したら白けた顔を向けて来る。
「返事は?」
「あ?」
「…人が手紙出してやってんのに返事もくれねーんですか、土方さんは」
総悟はむす、として再び箸を動かした。ブロッコリーを避けるから再び注意するが、やはり頑なに白けた顔を送ってくる。
「手紙って、あれお前の日記じゃねぇか」
「手紙です。ちゃんとアンタ宛てだったでしょ?」
「内容は俺に宛ててるとは思えねーんだけど」
大体、山崎をからかったとか俺の寝癖が凄かったとか、どんな返事を出せばいいんだ。山崎をからかうのは止めて仕事をしましょう、くらいしか言えないだろう。というか、俺昨日そんなに寝癖酷かったのか?なんだかそれをわざわざ翌日手紙で知らされるのは恥ずかしい。その場で言えばいいものを。
「返事、待ってますから」
そう言って、総悟はブロッコリーを残したまま食堂を去っていった。
*
はあ、と溜め息をつきながらいつものように文机に向かう。しかし仕事の書類ではなく、総悟の手紙の返事の為だ。今朝渡された総悟の手紙は、何度読み返してもただの日記で。返信することなどない、けれど総悟が返事寄越せと言うのだから。
まあ向こうも酷い内容を送りつけたんだし、こっちもそんなに悩む必要はないかと筆を執った。
今日は曇りだけど暑い、総悟はシャツのボタンを掛け違えてました。
寝癖が酷い時はその場で言って下さい。ああそうだ、食生活の注意もしてやろうと、食事は30回は噛むこと、好き嫌いはしないこと、そんな風に書いていたらいつの間にか手紙が出来上がっていた。手紙、と呼べるものかは分からないが。
封筒の正面に沖田総悟と書いて、裏面には自分の名前を書く。住所はまあ、良いだろう手渡しだし。そうして出来上がった総悟宛ての手紙を見て、何故だか笑ってしまった。
同じ屯所にいるやつに何をしているんだろう、と恥ずかしくもなったが、総悟から始めたことだからと開き直ることにする。
*
「はい」
翌日、書き上げた手紙を総悟に渡した。総悟は意外だ、という顔をしながらそれを受け取る。自分で返事を催促しておきながらよく分からない奴だ。
「…返事、明日の朝渡しやすから」
返事をくれるのか、と思ったら何故だか少しだけ、嬉しかった。しかしあの手紙にどんな内容で返してくるのだろう。また総悟日記になるのだろうか。まあ、それでも良いか。
それから毎日、手紙の交換を続けた。総悟が突然始めた行為だったが、気づけばそんな日常が楽しくなっていたりする。今日は地味に迷子になったとか、意味もない内容が多かったけど。
「なあ、なんでいきなり手紙なんて始めたんだ?」
今日の分の手紙を総悟に渡して疑問に思っていたことを聞いてみた。総悟は俺が渡した封筒を見ながら、小さく口を開く。
「…ちょっと前に、メガネが文通してたでしょう?」
「あぁ、あの騒動になった奴な」
「なんか楽しそうだったから…まあ、それだけですよ」
「ふーん…」
あの異常な手紙のやり取りを見て楽しそうだと思えるのは凄いと思ったが、実際にやってみるとまあ楽しいは楽しいし。文通と言える程でもない距離でのやり取りだけど。
それにまあ、相手に俺を選んでくれたのは、素直に嬉しかったりする。
1つ屋根の下での奇妙な手紙のやり取りも悪くはない。次は何を書こうか。たまには恋人らしいことでも、と思ってすぐに止めた。恋文なんて寒い、寒すぎる。どうせ気持ち悪いと言われて終わりなのだから。
引き出しに溜まった総悟からの手紙を思い出して、今日も仕事に精を出そうとひとつ背伸びをした。
end
同じ屯所に住んでるのに文通する土沖可愛い!でも突然沖田が飽きちゃって土方さんがしょぼんとしそう。
(110912)