感染


「え、これ、なに」
「?行ってきますのちゅーでしょ?」

さも当然、とそう言われたのだが、これまでそんな甘い行為などしたことがない。しかし突然、どういった心境からか、総悟は今日朝っぱらから俺の唇を奪っていった。

本当に突然、だった。俺は非番だから、まだ寝ていようと布団に居座っていたら、総悟が突然やってきたのだ。隊服に身を包んだ総悟は、ずかずかと部屋に入り込んで、まだ覚醒しない俺にキスをした。そりゃあ驚くだろ。焦るだろ。だってあの総悟が、だ。
しかも、総悟の言う行ってきますのちゅー、のような軽いものではなかった。唇を重ねるだけではなく、舌を絡めるような、深いキス。そんなのを朝っぱらから唐突にされたのだ。
しかし総悟ときたら、いつものようにきょとんとしている。なんなんだ、お前。

「お、お前、そんなこと今までしてなかったじゃねーか」
「あり?いやでした?」

いや、別に嫌じゃねーけど。嫌な訳ではない、しかしこうも唐突にしてくるなんておかしいだろ。
いつから行ってきますのちゅー、なんて可愛らしい事が出来るようになったんだ。しかも、あり?で首を傾げるあたりまた可愛いじゃねぇかちくしょう。いや、だが相手は総悟だ、真性のドSだ。こんなに可愛い訳がない、有り得ない。行ってきますのバズーカやロケットパンチこそ有り得ても、こんな乙女チックなことなんて。

「じゃあ俺、仕事なんで行ってきやすね」
「え?あ、ああ……」

思いのほかあっさりと去ろうとする総悟に、不信感を抱く。油断させといてのバズーカが来るかと身構えるが、そんな気配はない。結局、総悟はただ本当に行ってきますのちゅーをして風のように去っていった。

…なんだ、あいつ。本当に行ってきますのちゅーをしに来ただけなのか。いや、そんなまさか。でもそれ以外何もしていってない。爆弾のような置き土産は何もなかった。

ということは、本気で本気の行ってきますのちゅーなのだろうか。そう考えると恥ずかしくなった。そんな乙女チックな習慣などしようと思わなかったし、総悟がするとも思わなかった。どうして今更、つーかこれから毎日すんのか?

ああ駄目だ、とりあえず水でも飲んで落ち着こう。せっかくの非番に布団でゴロゴロするのも忘れて、俺は水を求めて部屋を出た。


「あれっ副長。早いですねぇ、非番なのに」
「…ああ、まあな」

まさか総悟に朝っぱらからキスをくらって起きました、など言える筈もなく、ばったり出会った山崎に言葉を濁す。山崎はその地味な顔をキョロキョロとさせ、誰かを探しているようだった。誰か探してんのか、そう聞くと、山崎は少し呆れたように口を開く。

「沖田さん、保険証忘れてるみたいなんですよ。今日歯医者だって言ってたのに」
「歯医者…?」

いつからだ、とそんな疑問を抱いていたら、山崎はそれを察したらしく今日からですよ、とにっこりと笑った。なんだか察しが良すぎてムカつく。監察だから仕方ないのかもしれないが。

つーかなんだ、あいつ虫歯なんて作っちまったのか。甘い物ばっか食べてるからだ、やっぱり注意しないと駄目だな。

…って虫歯?
ダメだ、嫌な憶測がよぎる。虫歯って、あれだよな。よくキスしたらうつるって言う…。

ああそうだ、そうに違いない。

「総悟ォォォ!!」

そう叫んで、山崎の手の中の保険証を奪い取りダッシュで屯所の廊下を走った。





「てめっ…虫歯っ、う、うつっ…!」
「いや何言ってるかさっぱりなんですが」

勢いのままに屯所を飛び出して、やっとのことで探し出した総悟はやはりケロッとしていた。俺は呼吸を整えながら、アイス片手に佇む総悟を睨む。つーか虫歯なのに何アイス食ってんだコイツ。

「な、何が行ってきますのちゅーだ!お前虫歯うつしたかっただけだろ!」
「あれ、ばれやした?」

まるで反省の色のない総悟に、怒りを通り越して呆れすら覚える。そうだよな、あの総悟が行ってきますのちゅーなんて可愛らしい行為をする訳がない。可愛いなんて感動した俺を返してくれ。つーか何度総悟に騙されれば気が済むんだ、俺は。
ああどうしよう、俺まで虫歯になっちまったら。自慢じゃないが、歯医者は得意でない。だから極力虫歯と縁遠い生活を心掛けていたのに、総悟のせいで。
渾身の憎しみを込めて総悟に視線を送るが、しかし総悟はハァ、と気怠そうに溜め息をついた。

「お前の虫歯ならうつされたって構わねぇぜ、みたいな台詞言えねェんですか?」
「言えるかァァァ!」

どんな野郎だ、恋人になら虫歯うつされたって構わない奴は。ただのドMじゃねぇか。俺はMじゃないから、歯医者でドリられるのは御免だ、つーか物凄く嫌だおぞましい。

「土方さんはドMだからてっきり虫歯になりてェもんだと」
「ドMじゃねーし虫歯を作る趣味なんてねぇよ!もう勝手にしてくんなよ!」

はあ、と大きな溜め息をつく。総悟に何を言ったところで所詮は無駄な努力なのだ。とりあえず俺に出来ることは、全力で歯を磨くことだけだ。

あとは、総悟が虫歯を治すまでキスをするのは禁止にしよう。

「まあ、早く治せよな…」
「………!」

ふと自然に出た言葉だが、よくよく考えるとなんだか物凄く恥ずかしいことに思えてきた。早く治せって、キス出来ないの辛い、みたいじゃねぇか!
自分の言葉に恥ずかしさを覚えると、総悟もなんだか顔を紅くして目をそらしている。

「……頑張りやす」

そんなに俺とキスしたいんですね、なんてからかわれると思ったら、意外にも素直に頷かれてしまった。余計に恥ずかしい。
なんだか気まずい雰囲気になったので、とりあえず山崎から奪った保険証を渡して、頑張れよと告げた。俺も頑張るから、なんて恥ずかしいことを思った訳だが、それは言わないでおく。

とりあえずそうだ、全力で歯を磨こう。



end


叫びながら走ってゆく土方さんを山崎がどんな表情で見たのか思うと笑えます。w
沖田も実は歯医者怖かったらいいな…!

(110609)

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