いかないで


月の綺麗な夜だった。たまには独り酒でも楽しもうと、土方は酒とつまみと灰皿を揃え、縁側に腰掛ける。
夏を間近に控え、しかしまだまだ夜は冷える。呑んでしまえばすぐに熱くなると、土方は酒を流し込んだ。上等なものだけあってなかなかの味だ、と土方は満足げに堪能する。月の綺麗な夜空に、上等な酒、マヨネーズのたっぷりかかったつまみ、そして煙草。ああ幸せだと土方はしみじみと感じた。しかしおっさんくさいな、と思う悪い思考をかき消して、ごくりと喉に酒を流す。そんな小さな幸せを噛みしめている土方の元に、ぽつりと聞き慣れた声が降ってきた。

「土方さん」

声の元に振り向くと、寝間着を纏った沖田が月明かりだけの廊下に佇んでいた。びくりと肩を震わせた土方は、別に幽霊だとかそんな事思ってないぞ、と自分に言い訳をする。

「独り酒ですか?寂しいですねェ」
「うるせー」

沖田は土方の隣に座り込むと、マヨネーズの大量にかかったつまみに眉を寄せた。

「…なんだよ、お前も呑みてぇのか?」
「いや……」

律儀に酒を沖田の前にちらつかせるが、沖田はただ俯くだけだった。酒を奪いに来たのじゃないのか、と土方はハテナマークを浮かべる。なんだか今日の沖田は妙だ、白々しいというか何というか。落ち込んでいるのだろうか。土方には何処か寂しげに移るのだ。

「土方さん」
「…なんだよ」

沖田の長い睫が顔に影を落として、沖田の儚さを一層演出している。普段は生意気で可愛げのない子供だが、こうしおらしくされると、どうにも加護欲を沸き立たされるのだ。

「俺…楽しかったです」
「は?」
「真選組にいれて、近藤さんを守れて、…アンタに会えて」

にっこりと、柔らかく笑った。しかし土方の表情は強張るばかりだ。だってそんな、別れ際のあいさつみたいなことを。

「何だよそれ」
「あいさつですよ」
「お前、いなくなる予定なんてあんのか」

沖田の態度に、土方は早口でそうまくしたてた。どうにも別れを予感させるような言葉に、土方は眉を寄せる。沖田がいなくなる筈などないのに。いなくなる理由などないというのに、心臓が嫌に鼓動する。

「…土方さん、驚かないで下せェよ」
「なんだよ」

どくん、どくんと。土方は心臓の高鳴りに、嫌な予感に、煙草の灰を落とす事も忘れていた。そして沖田が、ゆっくりと口をあける。

「俺、サディスティック星に帰らなきゃいけねェんです」

真っ直ぐな沖田の瞳を捕らえながら、しかし頭の中は真っ白だった。数秒たっぷり間を空けて、土方は、は?と疑問の念を吐き出した。

「だから、帰らなきゃいけねェって」
「いやちょっと待てよ。え?お前……は?」

土方には、沖田が何を言っているのかさっぱり分からない。それは常でもあるのだが、こんなにも真面目そうに言われれば混乱せざるを得ないだろう。
しかし混乱する土方をよそに、沖田はぽつりぽつりと語り出した。

「…俺の故郷の星は、ドSの奴しかいないんです」

そりゃ、サディスティック星人ってならドSであろう。そんな突っ込みを心の中でいれ、土方はとりあえず黙って沖田の言葉に耳を傾ける。

「ドSしかいねェから、当然ドSとドSが結婚するんです。そしてドSの子はドS。増えゆくのはみーんな、ドS」

ドSの連呼に、軽くゲシュタルト崩壊を起こしそうになる土方だったが、一応律儀にドSだらけの空間を想像してみた。軽く死にたくなった。

「そんな現状に、国のお偉いさんも参っちまって。ドS以外の民を欲するようになったんです。でも、国にはドSしかいない。だから、」

そこで沖田は一息のむと、寂しげな瞳を土方に送りつけた。内容はアホみたいなものだったのに、どくん、と土方はその真剣さに心臓を鳴らしてしまう。

「俺たちは18までに星外でドMの伴侶を見つけて、連れて帰らなきゃならねェんです」
「…は?」
「サディスティック星に、ドS以外の血を交える。それが、今の若い奴らに貸せられた使命、なんです」

ぎゅう、と。沖田は拳を握りしめた。土方の目から見ても辛そうに、儚げに写る。
しかし、だ。信じろ、というなんて無理があるじゃないか。沖田が異星の種族で、訳の分からない使命を背負っているなんて。無茶苦茶だ、と思う反面、沖田の苦しげな様子になかなか言葉を出せなかった。

「いや…ちょっと待て。なんだ、おちょくってんのか?」

土方がそう言うと、沖田は隣でジロ、と鋭く視線を送る。睨みつけるような視線ではあったが、その瞳には涙が溜まっていて、やはり加護欲を沸き立たられてしまった。

「…信じてくれるなんて思ってやせんでしたけどね」

ふいっ、と視線を外されて、沖田は自身の膝に小さくうずくまってしまった。泣かせたのか、とか、本当なのか、とか。土方は色んな感情がごっちゃになって、あたふたと両手をさまよわせる。

「…最後だから、アンタにゃ言っときたかっただけ、です」
「最後って…」

沖田の籠もった声に、土方は思わず焦りの色を醸し出した。

最後?帰るから?サディスティック星に?つまりは、いなくなる?

「俺ァもう18になっちまいやした。本来なら帰らなきゃいけねェ。他の星に永住するなんて法度でさァ」

そんなこと許しちまったら星に誰もいなくなるでしょう。そう繋げた沖田の言葉は、混乱する土方にはまるで届いてなかった。

「…明日には、強制送還されるみたいです。伝達が来たんで」
「…くなよ」
「え?」
「行くなよ!」

土方の怒鳴り声に、沖田は思わず膝に埋めていた顔をあげて土方を見やる。すると目が合う隙もなく、ぎゅうと土方の腕の中へと収まってしまった。

「サディスティック星の都合なんて知るか!お前はここにいなきゃ駄目なんだよ!」
「…土方さん」
「局中法度だって破りまくってるくせに、何でそっちは守るんだよ!」

ずるい、と土方は頼りない声で紡ぐ。掟なんて破ればいい、縛り付けられるなんておかしい、と。そんな思いで土方は痛いくらいの力を込め、沖田を抱きしめた。

「…相手はドSばっかですよ、強制送還が決まったらどうにもならねェ」
「嫌だ」
「やだって、ガキじゃあるめェし」

土方の駄々っ子のような振る舞いに、沖田はくすりと笑みを零した。そして土方の胸を押して腕から逃れると、土方の瞳を真っ直ぐに捕らえる。

「俺ァアンタが好きでしたぜ、土方さん」

にかりと、悪戯を企む子供のように沖田が笑った。好きでした、なんて。過去形にされては困る。だって、土方はまだ、いやこれから先ずっと沖田の事を好いているのだから。好きで好きでしょうがなくて、だけど大っぴらに可愛がるのも恥ずかしくて。恋人らしい事などしてやれただろうか、そんな別れ際のような事を考えて、土方はその思いを消すように頭を左右に振った。

「…明日起きたら、きっと俺ァいません。みんなの俺に関する記憶も消されてるでしょうね」
「は…?」
「土方さん、今までありがとうございやした」

沖田が目を細めて寂しそうに笑うと、土方の唇に触れるだけのキスを落とした。しかしすぐに離れたそれに、土方はたじろぐ暇もなく熱が離れてゆくのを感じる。
おやすみなせェ、小さくそう言って沖田が立ち上がり、土方に背を向けた。行ってしまう、遠い所に。土方の脳裏にあるのはそれだけだった。そして遠ざかる背中に、腕をのばす。





「総悟っ、行くなー!!」
「どこに?」

土方が空中に手を伸ばすと、その先にはやはり沖田がいた。しかし、それは背中ではなく、沖田は土方を覗き込むように見ている。あれ?と混乱の中、背中には冷たい木の感触。

「アンタなに寝ぼけてんですかィ。つーかここで寝たんですか」

ぼーっとする意識が徐々に覚醒し、土方は自分が床に寝ているのだと知った。体を起こし、辺りを確認すると酒瓶やマヨネーズのかかったつまみ、灰皿など。先程と変わらぬ光景がそこにはあった。しかしどうにも、気持ちが悪い。この感じは知っている、二日酔いだ。

そこまで考えて、土方は意識を沖田に戻す。きょとん、と土方を見つめる沖田は、確かにそこにいた。

「総悟…」
「はい?」
「お前……サディスティック星…」
「はァ?」

何言ってんですか寝ぼけてんじゃねェ死ねよ土方ァ〜と言った沖田に、土方は目を見開いた。もしかして、いやもしかしなくても、夢?そうだ、考えれば、つーか考えなくても有り得ない話だ、と土方は自嘲的に笑う。サディスティック星に帰る沖田の夢を見るなんて、どうかしている。しかし。
行かなくて良かった、と本気で安心してしまった自分に、かなりの恥ずかしさを覚えた。

「つーか土方さんどんな夢見てたんですかィ。行くな、って何」

完全に地球産の沖田がからかうような声色で問えば、土方は顔に熱が集中していった。恥ずかしい、ひたすら恥ずかしい。沖田がサディスティック星に帰らなきゃいけなくなる夢を見て、絶望的になって、行くな、なんて愛の言葉を叫んだのだから。

「俺がいなくなる夢でも見たんですかィ?爆笑もんでさァ」
「うっ、うるせぇよ!!」
「あれ〜図星なんですか〜そうなんだろ土方ァ」

にやにやと痛いところを突いてくる沖田に、土方はもういたたまれなくてしょうがなかった。二日酔いだと言うのに顔を紅くして、あ〜!と髪の毛をくしゃくしゃにかきむしる。

「っそうだよ!悪ィか!」
「へ」

恥ずかしさの頂点に達した土方は、開き直って沖田をぎゅうと抱きしめた。夢と同じように、目一杯力を込めて。

「俺ぁお前が好きだからな!」

開き直りにも程がある、というくらい開き直った土方は、朝っぱらの廊下で盛大に愛の告白を送る。もう半ばヤケだった。

しかし先程までは余裕そうに土方をからかっていた沖田も、いきなり抱きしめられ愛の告白をされ、ボンっと顔がみるみる紅くなっていった。

「……恥ずかしいひと」

ぼそりと呟いたそれに、土方は益々顔が熱くなる。誰が通るか分からない廊下で、副長と隊長が真っ赤になって熱い抱擁を交わしている。そんな奇妙な光景が、朝の清々しい空気に混じっていった。


end

朝から何してんの。
アホな話を書きたかったんです。楽しかった(でしょうね)

(110526)

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