予行練習


「俺がどんな気分だったか分かるか」

土方が思い切り真面目そうに言うものだから、沖田はぴくりと口元を歪める。ほんの冗談じゃないか、と。ただちょっとからかいたくて、いつもよりか手の込んだ悪戯をしただけだ。その結果3日もかけてしまったのだけど、それはご愛嬌というやつで。

「…ちょっとした遊びじゃあないですか」

そう、沖田にとって遊びだったのだ。明白な展開予想こそ沖田自身にもなかったが、多分面白いだろう、そんな軽い気持ち。その結果が、3日間ゲームを演じることになった訳だけれど。

「俺は最悪だった」

土方はうんざりしたように、沖田を真っ直ぐに見つめてそう言った。そして最悪だったあの悪趣味なゲームを思い返す。

沖田の首から血が出る様を見たとき、土方は体の芯から凍りつくような感覚がした。実際はチューパットだったが、あの極限の状態や暗い室内、加えて沖田の演技力。見間違えても無理はない。

死んでしまったかと、死なせてしまったかと思った。土方にとって沖田の自傷行為は限りないリアルだったのだ。なぜならあの場で天秤に掛けられていたのは、真選組と自分たちの命。沖田は真選組の、近藤の為ならば何だってやってのける。敵陣に独り乗り込むのを容易くやってしまう子供だ。彼は近藤の為ならば命すら厭わない。だからこそ、沖田の行為は限りなくリアルだったのだ。

「死ぬフリなんてたちの悪ィ真似、信じらんねぇ」

土方はするり、と沖田の首筋に指先を合わせる。斬ったフリをした箇所を、ゆっくりとなぞるように。
沖田は土方のそれを止めようとはせず、土方の好きなようにさせた。罪悪感からではなく、ただ気分の悪いものではなかったからだ。

「もし、本当にあんな状況になったらアンタはどうしやすか」
「は…?」

土方はあの3日間の事を責めていると言うのに、沖田ときたら相変わらずの調子でそう問いかけるものだから、土方は怪訝そうな表情を隠さない。
あんな状況になったら、と。沖田のいう「もしも」はあの時の土方にとって現実だったが、再び考えてみる。しかし答えなど、決まっていた。

「決まってんだろ。真選組もお前も、誰ひとり死なせねぇよ」

甘えた答えだとは土方自信理解している。常日頃から、優先すべきは真選組であり、個体は二の次であると考えてはいるのだか。しかし、実際にあんな状況を体験してみて、心の奥底から思ってしまったのだ。沖田を犠牲に組を守ろうなど、自分には到底出来ない事に。

「欲張りですね」
「なんとでも言え」

沖田の首筋に添えていた手を、するりと頬へ移動させる。悪趣味なゲームで少し痩せた頬を掴み、もう片方の手で唇をなぞった。沖田はやはり抵抗しない。

「俺のこと嫌いな訳じゃないんだろ」
「は」
「羨ましかったんだろ」
「…あんなの全部、演技」

沖田はそう言いながらも、バツが悪そうに視線をそらした。確かに沖田はそう言ったのだ。場の雰囲気に流されただけ、演技だ、と沖田は自分に言い聞かせるが、しかし実のところどうだろうか。凄く恥ずかしいことを言った、という認識は沖田にもある。しかしそれが恥ずかしいと思うあたり、やはり本心なのかと、沖田は羞恥にかられた。

「今回はまあ、素直だったから許してやる」

次はねぇけどな、と言って土方は沖田の唇に自信のそれを重ねた。ちゅう、と軽く触れて、離す。沖田の顔は少しだけ赤く、土方は得意げに笑った。

「アンタも甘いですね」
「んだよ、そんなに怒られてぇのか」
「いーえ」

相変わらず反省の色のない沖田の頬を摘むと、痛い、とだけ返ってくる。これは本当に反省してないな、と土方は頭が痛くなったが、しかしあの時の素直さに免じて許そうと決めた。つくづく甘い、だから足元をすくわれるのだ、と分かっていながら、土方はそうしてしまう。

自嘲的な溜め息をひとつはいて、土方は沖田に背を向けた。悪戯好きの部下のせいで、たまり放題になった仕事を片づけなくてはならない。憂鬱さを抱えながら、土方は自室へと向かい足を踏み出した。すると沖田が、土方さん、と名を呼ぶので、くるりと振り返る。

「俺は、あん時と同じことをしますぜ」

にやり、と笑った沖田だが、しかしその色は寂しくもあった。土方は思わず唇を噛み締める。堂々たる自己犠牲宣言に、土方はぴしりと言い放った。

「何度だって止めてやるよ」

そう言って遠ざかる背中に、沖田は自分でも意識せず嬉しそうに笑った。


end

監禁篇の沖田の意図が予行練習だったら萌えるなって。土方さんの恥ずかしい台詞に触れられなかったのが残念です…!しかし監禁篇萌える!

(110521)

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