未完成 | ナノ
とーちゃんとジャンボ


 たった一度だけ、彼のことばを一蹴したことがある。
 それは学生最後の夏が、終息に向かう中のことだった。それまで他愛のない話をしていたのに、彼の目が突如夏めいた熱にすり替わったことをよく覚えている。あの時は、日本中の蝉すべてが鳴くことのない唖蝉になったのかと錯覚したものだった。それほどまでに、耳の奥で五月蠅く響いていた蝉の声がぴたりと止んで、彼の発したことばがいっそ気味が悪いほど鮮明に聞こえたのである。
 しかし僕に宛てたものとはあまりにも思えない真摯なことばは、嫌悪感を抱く間を与えることなく、すとんと僕の中に落ち着くところを見つけてしまっていた。しかし男である僕に、肯定する余地はまるで無かった。

「好きだよ、おまえが」

 そのことばひとつで締め上げられた夏は、一瞬にして息をひきとる。





「あれ、よつばは?」
「お隣に遊びに行ってるよ。」

 ぶつりと切断されている空は、壊死し腐っていくように色を深くし始めている。つい最近までは、どこか温さをもつ風が走り回っていたにもかかわらず、今では凍てついた風が逆巻いている。気が付かないうちに冬は、すでに鼻先まで擦り寄っていた。
 仕事をしている背を見て、学生のころの彼を思い起こす。当時から風変わりな空気を背負い込んでいる彼は、どこか大人びた性格をした男だった。

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