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 自身へ向いた恋慕とは、これ程までにも分かり易いものであったのだろうか。恋焦がれているのだと口にせずとも、肢体の先まで光線のように迷いなく染み入る。目は口ほどに物を言うとは、良牙を象って作られた言葉なのではないかとさえ思うほどであった。
 或いは僕がエスパーで、彼の心を読んだ可能性も拭い去れない。


 運悪く、彼が天道邸へ辿り着いた時にはあかね達は用があると出払った後であった。今の天道邸には、留守を頼まれた乱馬しか残っておらず、つくづくついていない男だと思う。しかしこのまま帰すのも可哀想だと、あかねを待つ為に上がっていけと促せば、彼は持ち前の素直さで邪魔をするとこぼした。
 彼をひとり、廊下の先にある居間へと向かわせて、乱馬は麦茶とグラスを探すためにキッチンへ寄る。暫くして居間へ向かうと、借りてきた猫のごとく大人しい彼が机の木目と睨み合いをしている最中であった。目下にグラスを差し出すと、少し慌てた素振り見せてから静かに礼を言う。そのやんわりとした違和感は、シロップのような甘さを縫い付けていた。

「(……へたくそ)」

 沈黙がゆったりと結われるにつれ、良牙の放つ違和感が際立って見えた。居心地の悪さを感じているのか、俯いたままグラスに入った氷が溶け、からんからんと泣くことばかりに没頭している。その伏し目がちな双眸に、何故か僕が住まえる時が来るのを黙想していた。
 彼の行き場の無い指の隙間からは、持て余した暇と違和感とがまぜこぜになって、さらさらと流れ落ちていく。いっそ、その違和感とエトセトラを飲みこんで、何もかも言葉にしてしまえば良いのにと思った。
 その流れ落ちてゆく隙間に、詰め物をする。



 ぼんやりとした沈黙があった。
 異次元で過ごすような気持ちの中で、詰め物代わりにかざした手のことを思い出す。彼の方へと視線をずらせば、塗り潰すような赤で頬を焦がす彼が視界一杯に映えた。世界中で彼が最も、うぶを具現化したものに近い。

「……何のつもりだ。」
「何のつもりかは、おめえが一番知ってると思うけど」

 その誤魔化している核心を、撫でるような手付きで抉り出したい。口に出さずとも、穴が空いたように洩れだしているそのシロップの話を隅々まで知りたい。もし、エスパーなら。





エスパーと甘い庭について
20110410
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