text | ナノ
「……余りに寒過ぎやしないか。」
「暑かったら暑かったでまた文句言う癖に。」

 四畳半の私宅は、冬場になると居候面した隙間風が居座り始める。六畳や八畳と比べれば狭いこの部屋は、寒さをより身近に感じることが出来た。防寒対策として布団を肌のように纏うが、爪先からじわりじわりと壊死するような感覚ばかりが支配する。
 隣の妖怪じみた男は然程寒さを感じないのか、普段と変わらぬといったように、三日月を吊り下げたような口をして笑うのだ。

「小津、寒くはないのか。」
「あのね。あなたは布団を被ってますけど、僕は何も被ってないんですよ。」

 寒いに決まっていると話す彼は、存外薄着でやはり寒さを感じているようには見えない。思い起こせば先程、カステラを連れてこの四畳半へやって来た時から上着を身につけてはいなかった。幾ら暦の上では春と言え、まだ春の色は疎らで隙間風すら吹くような冷酷さを孕む時期である。やはり彼は妖怪か何かか。
 彼は私の心配も余所に、何時も通りに私を一通り嘲ったり本棚を物色してみたりと忙しなく動き回る。思い出したようにカステラはひとりでどうぞ、と言った彼の腕を不意にこちらへと引いた。

「おや、なんです。」

 縫い付けるように纏っていた布団を少し広げ、正座をした私の前を二、三度叩く。枯れた畳の音が揺れた。
 何故かぼんやりとした気恥ずかしさが込み上げ外方を向いていたが、一瞥すると、元より吊り上げていた口角をより吊り上げ笑う彼が見えたのだ。その表情には正しく、にやりという擬音がぴたりと当て嵌まる。

「全くこのエロが。一緒に布団へ入って欲しいならそう言えば良いのに。」
「……やかましい。」





紺青の春
20110319
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