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 男子校時代から、陰気で殻に籠もることを好む性格であった。その対角線上で飄々と生きていたのが乱馬である。
 いつからか目立つ上に正反対である彼を目で追う癖がつき、伏せ気味の視界に同級生と談笑する彼ばかりが染み付いていた。その彼がこちらに笑いかける姿が見え、次第に輪郭が暈け湾曲していく。



「……目覚めが悪い。」

 かたい朝の訪れは、テントを張った場所の悪さと夢見の悪さからであった。しかし自身が監督である筈の夢は、意図せぬ方へ足を進めるばかりで出来映えは最悪だ。内容はあやふやだが、登場人物が厄介だったのだ。不意に、記憶の底で蠢いたフロイトの話には蓋をする。
 テントの接合部分から、僅かに飛び込む光が不自然な明滅を繰り返す。理由は明らかであった。

「ばれてねえとでも思ってんのか、乱馬」
「あっれ、ばれてた?」

 ファスナーを下げる音と共に、にやりと歯を見せて笑む彼と、隙間から収まる場所を無くした光がテント内に洩れ落ちる。屈んだ彼と視野が重なると同時に、忘れかかっていた夢とフロイトのことが背骨に絡み付くような気分になった。彼の所為だと不愉快を貼り付けた顔を見て、当の本人は声を立てて笑うのだ。

「笑うな。くっそ、何でお前なんだ。」
「何がでえ」
「夢だ夢。俺はあかねさんとの夢を見たかったぜ……。」

 それはきっとゼロコンマ数秒の世界の話だったが、彼の表情が強張るようなひずみを感じた。
 洩れ落ちるまだらの光が増える。どうやら彼が俯いたことで、光がよりテント内へと流れ込んできたようだ。その動作を緩慢な視線で追いかけるものの、珍しく影に落ち込んだ彼の表情は見て取れなかった。

「ひっでえなあ、良牙。」
「……は?」

 静かな青さを孕んだ声色に、思わず心臓が粟立つような気分になる。最中、彼と視線が搗ち合ったかと思えば、手首を下へ縫い止められ、下の石に背骨が押しつけられ少し痛みを感じた。まだらに光が洩れたテントに、爪が食い込むのが分かる。
 じ、と黒目を眺めるような気分で彼を見る。視界には橙のまだらと、無造作なおさげ髪の彼ばかりが一杯に詰め込まれるのだ。

「(それだったら俺は、いつもお前を夢で見るってのになあ。)」

 ふとこぼしたその呟きを理解してはいけない気がして、彼の悲しさを混ぜた表情を見ながら、もう少し哲学を勉強しておくべきだったとそればかり考えている。





青き映画
20110313
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