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 いつしか堆い天井は、橙と群青に分離し始めていた。天道道場を目指して出発した時にはまだ、太陽は昇ったばかりで空は薄ら白かったように思う。そんな中、漸く瞳孔をやさしく撫でる景色に見覚えがある所にまで辿り着いた。野良犬の吠える声が揺れる。
 視界は次第に群青がこぼれ、冷たい匂いが充満する。夜に擦り寄られるような気持ちの中、ちらりと見えたのは相反する赤。咄嗟に口をついて出たのは、久々に発音する名前だった。

「乱馬!」

 群青に揺れる中で名前を呼ばれたことに驚いたのか、乱馬はぎょっとした表情をして此方を見る。しかしその表情も僕と解った途端に死んでゆき、次に瞬いた時には口角をゆるやかに釣り上げた彼が青の中で映えていた。
 今回は果たし状を出して出向いた訳でもないし、彼と戦うつもりも毛頭無い。長らく来ていなかった此処に、まるで我が家の温もりを欲することにも似た心情でやって来たのだ。あかねとも暫く会っていないし、それは乱馬とも同じだけ会っていなかったということである。

「良牙じゃねえか。戻ってきてたのか。」
「ああ、久し振りだな。」

 群青ばかりだった視界には、赤ばかりが飛び込んで次第に焦点は彼になる。久々に感じる体温は彼のものであったが、それでよいと思う程に僕は枯れ果てていた。これまで別段意識をしたことは無かったが、このような優しい顔をする彼を随分と昔から好いていたように思う。きっと彼のあまりしない表情であるから、様々な感情がマーブル状となった末に表現し難い感情となったのだ。単に僕はその表情を刳り抜いて、おだやかな好意を抱いていた。

「(そうやって笑ってりゃあ、ただの男前なのにな。やっぱ馬鹿だな。)」

 久々に会う彼は、非常に饒舌であった。中に混ざるのは、日々の学校でのことや父、天道家の面々、そしてあかねのこと。彼女の話には、薄いヴェールが覆われているように見える。
 最中。ぱん、と奥底で破裂したのはどこか妬心に似ていたのだ。僕は、あかねが好きだった。

「…お前、話聞いてねえな。」
「え。ああ、すまん。」
「どうせここに着くまで迷ってばっかだったんだろ。うちに寄ってけよ。あかねも居るぜ。」

 な、と受諾を求める。特別何も考えないまま、首を縦に振っていた。彼が行く方へ着いて行けば迷わないし安心だと、飛び込んだのは黙想の海。奥底に転がった小さな妬心の破裂の理由を、微かに軋んだ心臓は叫ぶが聞こえない。僕はなにも、知りたくなかった。





カテゴライズを失う群青とマーブル
20110306
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