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 爆発と共に塵になって風と同化したものだと思っていたRは、青い水中からのそりと顔を出して、何ら変わらぬ緩慢とした動きで私を見ていた。

「鳥坂さん、お元気そうで。」
「何を言っておるのだ、このスカタン!」

 ほのかに曇っている眼鏡の奥で、まぶたは次第と熱を持った。どうすれば良いのかも解らずに、ただ瞼を縫い付けて落下してしまいそうな何かを堰き止めることしか出来ずにいたのだ。
 僅かに視覚の端に見切れた左手の薄い皮にやわらかい爪が埋まり、普段よほどのことがなければ動じない手元も今日ばかりはと震えている。

「貴様のいない間、飯が炊けず苦労した」
「やや、それは申し訳ない」
「デコは使い物にならん。お前の様に飯も炊けん。」
「妹がご迷惑を…すみません」
「貴様のいない間、ろくに関節技を掛けられず、キレが無くなってしまったではないか」
「それはそれは…」

 彼は何とも表現し難い剽軽な仕草で私に近付く。アンドロイドとはいえど、やはり彼の残像ひとつひとつは人間のような温さを持っていた。あれほど慣れ親しんでいたはずの彼が手を伸ばせば触れられる距離にいるという事実は、いつ振りになるのだろうか。
 ひとみがただひたすらに、熱を持つ。

「おや、それは心配するという感情ですか?」

 瞼から流線形を描いて、するりと落下し舌先に流れたものは涙であることに気付く。失態であった。彼の襟首を引いて寄せた口唇は、残酷なまでに冷ややかで僕は絶望にも似たそれに串刺しにされたのである。

「鳥坂さん、あなたも私が好きでせう?」
「…たわけ。だから泣いているのではないか。」





つめたい膚は優しい
20090824
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